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蒼の性格  作者: やかさん
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第1話

1話なので長めですが読了まで8分もかからないと思います。

 ___朝だ。遮光カーテンと窓の隙間から差し込む光に思わず目を細めながらもぞもぞと布団にくるまりながら寝返りを打ち、枕の横に置いてあるスマホに手を伸ばし充電コードを引っこ抜いてまたもといた寝相へと戻り電源をつける。最近ハマっているアニメのヒロインキャラの頭の上には6:40と表示されている。二度寝しちゃおうか。昨日は4時過ぎまでゲームをしていたのでこんな中途半端に目覚めると逆に寝る前より眠気が溜まってしまう。目覚まし時計は毎日セットしてあるがあまりにも眠りが深いとまるで呆れたかのようにジリリリリリン....と鳴り止んでしまう時が多々あるのと、親は早番らしく今二度寝してしまうと夕方まで誰も起こす人がいなくなる。

 目を閉じるとマットレスが地球の中心部にまで届いてしまいそうなぐらい沈んでいきそうな感覚に襲われそうになるが、なんとか耐えながらゴソゴソとベッドから足を伸ばし上半身を起こす。首が重力に負けてしまい頭をやや右に傾けながら制服に着替えて、どすどすと上半身を揺らしながら洗面台に向かう。また朝が来てしまった。寝る前はようやく長い1日が終わる、今日もなんの変化もなく下らなかった1日が。と半ば嬉しささえあったのに目覚めると沼地のドロッとした泥水を全身に被ったような気だるい気持ちになる。バシャバシャと顔を洗い、ガラガラと音を立ててうがいをしてリビングに向かい、ほぼ新品同様の綺麗なダイニングテーブルの上に無造作に散らばっている菓子パンの中で1番手前にあったものを手に取ってシミや擦り傷だらけのリュックサックに放り込み、ガチャン、とドアをしめ、ガチャ。鍵を閉める。

 家の門を片手で閉めながら、なんとなくスマホを見る。電源をつけるといつものとびきりの笑顔の少女と7:03の数字が表示され、それに少し反射してむすっとした自分の顔も写る。家から徒歩20分前後の所に学校があるので部活を何もやってない人が7:30前に学校に着いたところで何もすることがないが、家にいても二度寝して遅刻するだけなので渋々歩みを進める。家から少し進んだ所に中央にひらけた空間に、その隅っこの方に滑り台とブランコが一つに繋がっている遊具の置いてある公園と、向かいにゴミ捨て場がある通りに出る。

 おや?遠くにぼんやりと光り物が見える。目を凝らすと向かいにあるゴミ捨て場の隣に置いてある段ボールの上に綺麗なレンズをしたメガネがきらりと輝かせる。このメガネはゴミとして出されたものだろうか。しかしゴミ捨て場にゴミは置いてないし、そもそも今日はゴミ捨て日じゃない。ならば少年たちの所持品か。としたらこんなダンボールの上に置きっぱなしにしてたら絶対に忘れて帰るだろうな。などと色々考えながらなんとなくそのメガネの置いてある方へ近寄る。メガネの縁は耳掛けまでもが光沢のある銀色の細い針金で、レンズは曇り一つない、しかし快晴と言っても淡い空色というより太陽の輝きの弱い、もっと青々としている日の空の色で、その青空に向かって銀色の縁をしたメガネを掲げて透明なレンズにその青空色の膜をフィルムとして貼り付けたような感じだ。段ボールの上に張り紙がある。”このメガネをかけると人生が変わります。人生を変えたい方は是非このメガネを持ち帰ってお掛けになってください。”

 人生、一生、永遠。至る所でそんな生臭い言葉を聞くが、これらの言葉は実際の意味より軽い意味で使われている。人生で一回きり、一生のお願い、永遠の誓い。言葉通り大それたことを言ったくせにその9割以上がその日寝たら忘れる程度の出来事。確かに言った瞬間は今後の人生を変える勢いはあったかもしれないが、結局何も変わらないのだ。人間関係も、日々の生活も、価値観も。その言葉を言った自分とは違う自分が寝てる間に全て消し去る。この張り紙を書いた奴もまさか本気で書いているわけないとは思ったが、思想の根幹的な部分に共通する何かを感じ取りそこに対する苛立ちを覚えた。こんなメガネをかけたところでどう人生が変わるっていうのか、今後の将来の展望がどう変わるっていうのか、どう運命が変わるというのか。豊の心の奥底のゴミ溜めの様な所から湧き上がった苛立ちはすぐに好奇心へと変わった。実際にこの張り紙1枚読んだだけでその場で信じてウキウキでメガネをかけ始める人がいるとでも思っているのだろうか、メガネ自身よりこれを書いた人間の思考回路に対して興味が湧いたからだ。こんな軽々しく生臭い言葉を使ってくるような人間に何かしてやりたくなった。どこかに隠しカメラを仕掛けて、本人は近くの塀の裏などから実験用モルモットを眺めるような眼差しでこちらがどういった反応を示すの眺めているのだろう。仕掛けた奴に向かって何か言ってやろうかという考えが一瞬脳裏によぎったが、カメラや本人を探す素振りを見せるとそれこそまた面白がられると思ったので1番嫌がることをしてやろうと思った。豊は真顔で静かにこのメガネを掴み取り、カバンに放り込む。ガサッ、ガサガサと菓子パンの袋とメガネが擦れる音を立てながらリュックサックを締め、そのまま振り向きもせずに学校へと向かった。

 今朝あれからというものの、学校での生活はいつもと全く変わらない。自分以外で形成された集団を教室の1番窓側の後ろから2列目の席に座ってぼーっと眺める。豊はこうして遠く離れた眼差しでクラスメイト達を見ているのが好きだ。というよりむしろ落ち着くと表現した方が適切なのかもしれない。こうして「自分は全くこの団体と関わり合いになってない」という事実を実感できると、教室ぐらいの薄くて巨大な透明な布をクラス全員で被りあっているような、そんな気疎い責任感から逃れられている気がしてどこか優越感に似た心地よい気分になれるからだ。

 どうやら文化祭の教室の出し物を何にするかで揉めているらしい。ロミオとジュリエットの演劇をやりたいという女子筆頭のグループと、ド派手な料理をウリにした模擬店をやりたいという男子筆頭のグループ。このクラスはたまたま女子同士の仲良い人同士、男子の仲良い人同士が偶然同じ教室へ押し込まれてしまったがゆえ、結束力が異様に強いのでほとんどの人間がロミジュリは古いだの、ド派手な料理は企画としての解像度が薄い、結局焼きそばあたりに落ち着いて終わりだのなんだの言い合っているが見渡した所、この議論に興味のなさそうなのは豊以外にも2人いる。田中と和葉だ。田中は豊の右斜め前に座っている、小太りで、中年の彼を安易に想像できるぐらいの顔つきで眼鏡をかけているオタク気質の男だ。豊と好きなアニメの話をして以降関係はわりかし良好で、今もスマホを机の下に隠してコソコソと知らないアニメのイラストをサーフィンしているが、それをチクったりする気はない。和葉は中央付近に座っていて、1人静かに小説を読んでいる。周りがこんなうるさいのによく活字を追いかけることができるよな。と豊は台風の目のように怒号の飛び交う中心点で静かに腰掛けている彼女に少し感心した。豊は正直どちらでも良かったが、責任感を背負いたくない。頭をフル回転させて作戦を考える。クラスは37人で、男女比を考えると豊と田中と和葉を抜いて演劇派が17人、模擬店派が17人。結局終着点はこの3人に委ねられそう。和葉の近くは女子が多く、模擬店が良いです。とか言った瞬間に超めんどくさい事になるのは確定していて、それも充分彼女はわかっているはずなのでおそらく演劇に流れ込むだろう。そして席順的に和葉、田中、豊の順で聞かれていく。つまり田中に演劇を主張させれば、豊がどう答えようとこの議論は終わる。そう考えた豊は、田中の背中を軽くトントン叩き、「お前演劇に票を入れてくれよ、女子のコスプレ見たいだろ?」と言うと田中は「もちろんそうするさ、模擬店なんてこんな外はクソ寒いのになんも見返りもなくやってられるかよ!」と小声で返す。「だよな、一緒にコスプレ見るぞ!」と小声で返すと前のめりになっていた姿勢を直し、席に深く腰掛けてふぅっと静かに息を吐く。今回ものらりくらりとやっていけてる自分に賞賛の拍手を送りたい気持ちを抑え、水筒のお茶を飲みリラックスする。

 やはり議論は終わらず、残り時間も迫ってきたと言うことで和葉、田中、豊の順に意見を求めることになった。和葉は演劇にします。と息を吐くくらいの声量でそう呟くと、またすぐ本を読み始めた。模擬店の男子達も和葉には期待していないのだろう。何も言わない。それは田中と豊が男子ゆえに模擬店派であると思い込んでいるからだ。次に田中に視線が注がれる。田中は「じ、じゃあ、えんげk..」とそこまで言いかけた瞬間、田中は硬直した。およ???雲行きがおかしい。「いやっ...模擬店でお願いします、、。」

 (田中ぁ!?!?今お前はいったい何を言っているというのだあの小太りメガネはおいおいおい)と心の中の自分が暴れ回る。焦点を少しずらし、「すいませぇん」としゃがれた小声でこちらに謝る田中を目の端に追いやり、冷静になれ、冷静になれ。またお茶を一口飲み、なんで模擬店なの!?!?模擬店やってもルール上運営側の自分達は何も食べれないよ!いいの??などと演劇派の女子達の反対を聞いてもなお、田中は意見を変えようとしない。「ゆたっ、豊くんが、演劇にするって言ってましたし、どちらにするかは彼を説得してください。」(はあ!?どうしてなんだ田中あいつ、保身に回りやがってクソ)斜め前で鎮座している小太りメガネに悪態をつきながら考える。この土壇場で田中は気づいてしまったのだ。ここで演劇を主張した瞬間にクラス中の男子からの猛攻撃を受ける未来を、そして、豊との会話の真意を。田中も根はコッチ側だ。人前で胸を張って自身の意見を主張することができないし、責任感も感じたくない。つまり約1時間も続いた大論争の終止符をここで打つ勇気は田中には無かったのだ。さらにここで模擬店派に入れることで、票は18対18。女子側も「豊は演劇派」と言う言葉を聞き、安堵するし、男子達も予想通り模擬店に票が入ったと言うことで、''田中に対して''はもうこれ以上問いただす必要は無い。彼は全てを豊に託してきたのだ。

 クラス中の視線が自分に集中する。どこを見ても誰かと目があってしまう。あぁ、最悪な日だ。とうとう自分までも責任感というこの布を被ってしまった。いや、無理矢理田中に上から押さえ込まれるようにしてこの薄汚い布を被せてきたのだ。俺がどちらに答えたとしても、誰かに恨まれる。誰かに泣かれる。アイツのせい、アイツのせいだって。なんで俺なんだよ。知るかよ、大体そっちで勝手にやってれば良いものを同じ部屋にいるからっていう理由だけで無理矢理巻き込んできただけだろ。なんで泣きつく先が俺なんだよ。過去の人生以降、日常というガスコンロの上でグツグツと煮えたぎる自身の心が、今回の件が引き金となりついに爆発する。歴史上の大きな事件も、きっかけは小さな出来事だったりする。もうこんなクソみたいな世界、もうどうなってしまってもいい。隕石でもなんでも今すぐ落ちてしまえ___

 そう思った瞬間、今朝の出来事を走馬灯のように思い出す。”自称”人生が変わるメガネ。かえてみろよ、なんとかしてみろよ、この人生。過去の事件以降、何一ついいことのなかったクソみたいな人生を。このメガネ如きで。机の横に置いてあるリュックからおもむろに例の青いレンズの眼鏡を取り出し、豊の心の中で大多数を占める、それでも世界は好転しないだろうな。という思いと、それでも、何かが変化して欲しいという小さな期待と共に、豊は眼鏡を静かにかけた。

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