564.小さな島の小さな幸せ(4)
授業を終えて陽が沈むまではそれなりに時間がある。テムじいの話した未来の事を頭の片隅に置きつつ仕事を終えると、あっという間に陽は沈んだ。
程よい疲れに包まれつつ家に帰れば、ばあちゃん既にがご飯を作って僕を待っていた。
「珍しいね。ばあちゃんが作るなんて」
「片手しかないからってバカにすんじゃないよ」
僕の一言に、しかめっ面になって睨み返すばあちゃん。本当は僕に内緒で酒のアテを作るくらいの事は出来ると知ってはいるんだけど、簡単とはいえ晩御飯を作ってくれるなんて年に一度あるかないかくらいだ。
それで、ようやく僕は自分の誕生日が近い事を思い出した。
「もしかして、今年のお祝いはこれ?」
あまりはずれてはいないと思って聞いたら、意外にも首を横に振られてしまった。
「ちゃんと別に用意してあるから、数日待ちな」
言う事は言ったとばかりに、ばあちゃんは僕が座るのを待たずに一人で食べ始めた。
これまで、ばあちゃんがプレゼントって言い出した事は一度もない。これは明日は雨でも降るんじゃないだろうかと戦々恐々しながら席に着く。今日の出来事を会話の肴にしてちょっと濃いめの味付けがされたご飯を食べてしまうと、あとはもう寝るしかする事がない。ばあちゃんはやはり疲れたのか、早々にベッドに入るとすぐさま寝息を立ててしまった。
僕も早く寝ようと床に着くも、疲れているにも関わらず目が冴えてしまって眠れない。仕方なく寝ているばあちゃんを起こさないよう静かに降りると、家の戸を開けて外に出た。そのままぶらぶらと、さりとてすぐに家へと戻れるくらいのところまでゆっくりと歩いていく。
昼に広がっていた空が今はうっすらと雲がかかっていて、もう少し水気が感じられれば雨が降るかもしれない。
「……未来、かあ……」
まだ成人にも遠く、この村から出た事もない僕にはやっぱり先が見えない。
島に立ち寄った旅商人から読ませて貰った御伽話本のように、見目麗しい高貴なる人と出会ったりする輝かしい展開なんて有り得るんだろうか。
不安と期待がないまぜになった複雑な心境の中、僕の鼻に草木が刈り取られる青臭い匂いが入り込んできた。
「……こんな時間に?」
村のみんなは間違いなく全員寝てる時間だ。年に数回やってくる行商人はまだ来る時期じゃない。
何かあるのかと匂いのする方へと足を向けると、いきなり太陽にも似た強い光が目の前に僕の目を焼いた。
「うわあっ!?」
突然の事態に身体がついていかず、思わず尻餅を付いてしまった。
痛いくらいの光で何も見えない僕の元へ向かって幾人かの駆け寄る足音が聞こえてきたかと思うと、僕の腕が乱暴に掴まれて流れるように地面へと身体を転がされた。
「年寄り以外は殺すなよ。若人は貴重な資源だ」
真冬の吹雪を思わせる声が僕の耳朶を叩くと、止めていた足を動かして遠ざかっていく。
その向きは、僕の家がある方向だった。
「まて! ばあちゃんをどうするつもりだ!?」
「うるさい」
首の後ろに何かが当てられた――と同時にバンッと派手な音と共に頭が揺れた。
視界に霞がかかり、ばあちゃんの元へと向かいたいのに、意識が鈍い痛みで朦朧としていく。
何も出来ないまま、僕の視界は闇に落ちた。
――・――・――・―― ――・――・――・―― ――・――・――・――
パチッ、パチッ。
どのくらい意識が落ちていたのか。
まだ痛む首筋の刺激で目を覚ました僕の眼前は、一面の炎だった。
「……………………え?」
小さな林は燃え、新緑の目を出し始めた大地は不思議な力でちりちりと燃えて火の粉を空に撒いていた。
そこまで気づいてからようやく僕の周りが熱いくらいの熱に覆われていて、でも僕の周囲のだけがまだ無事なままでいた。身体を起こして辺りを見回してみると、拘束していた者の姿も消えていた。
「ばあちゃん!」
首の痛みも忘れて、僕はとにかく力一杯に自宅へと足を踏み出した。こんな時も邪魔だと感じる太い尻尾を左右に揺らしながら林を抜けると、ポツンと建っている木造の家が轟々と燃えていた。
「ばあちゃん!」
まさか中にまだいるのか!?
充分ありえる事態に胸の不安が高まり、叫びながらさらに速度を上げて身体ごと家に飛び込もうと肩を前に突き出した。
カァァァァァァァン!
家の裏手から、聞いた事のない音が聞こえてきた。
慌てて軌道を変えて奥の様子が見えるところへと身体の向きを変えると、ばあちゃんが槍を構えて立っていた。
しかし、僕と目が合った瞬間、槍と共に地面へ崩れ落ちた。
「ばあちゃん!」
「ダメだ!」
これまで聞いた事のないきつく激しい口調で僕を制した。
「諦めろ」
家の陰から聞こえてきたのは、あの冷たい声。
と同時に、腹からじんわりと鈍い痛みが生まれた。
「コニス!」
ばあちゃんの悲痛な叫びが耳に聞こえる。
僕の視線の先に、剣を切り払った後の切先が見えた。
その剣先が、原色の赤に彩られているのがはっきりと目に捉えられた。
――ああ、僕は斬られたのか。
そう理解出来たところで、僕の身体がゆっくりと崩れて顔から地面へと落ちていった。
「貴様が悪党の孫か」
冷たい男の声に、ほんの僅かな棘が出る。
「悪いが、貴様だけは連れて帰る訳にはいかん」
はっきりと向けられている殺意から逃げようにも、身体は寒気に襲われていて動かない。
「死ね」
言葉と共に身体へ刃が突き刺さる。
生々しい感触と、刺された所が妙に冷たく感じられて寒気が走る。
さらに刃を捻じられてかき混ぜられると、僕の口から熱が逃げていった。
「……こふっ」
「コニス!」
声でばあちゃんのいる方向だけはわかったので、喉に残る熱を力に変えて顔を向けた。
「 」
伝えたい言葉を伝えられたのかもわからないほどに弱った僕の身体は、気を張ることすら許さずに再び意識を闇に落とした。