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竜骸戦争〜僕はこの世界を救うのか  作者: 葛原一助
第1話 旅立ちの始まり
4/7

564.小さな島の小さな幸せ(3)

 月が沈み、日が地平の先から顔をのぞかせる頃に僕は目を覚ました。

 静かに起き上がって外の井戸から水を汲み上げ、タオルを浸してしっかりと絞ったそれで身体を拭い、顔を洗って昨日の気持ちを雪いで切り替えた。

 冷暗庫にある骨付きの肉を鍋で焼きながら焼き目を付けつつ、傍らで野菜を小さく刻んでいく。鍋に水と野菜をまとめて入れて煮込んで簡単なスープを作った頃、ばあちゃんが起きて身支度を整えてテーブルに座っていた。

 ついでに茹でてあった豆をボウルに盛って出せば簡単な朝食の出来上がりだ。

「日々の恵みに感謝を」

 ばあちゃんに倣って朝の祈りを捧げると、腹の虫のお気に召すままご飯を食べていく。

「今日は勉強会だったかい」

 うん、と一つ頷いて返す。今日は週に一度、天気の良い週末は村の子供達を集めた勉強会がある。教師役は村で手隙な人が担当するし、得意な分野も内容もまちまちだ。

「ばあちゃんはどうするの? たまにはしてくれって声もあるよ?」

 僕が今より小さかった頃にはばあちゃんも教壇に立っていた。村一番の知恵者のばあちゃんはなんでも教えられるから、逆に僕らが知りたい事を聞いて教えるという楽しい授業だったので、今でもまたして欲しいという声はある。

 でも、最近は足が悪くなったからと授業に出るのを遠慮していた。

「他に担当してくれるのがいるんだ。いつまでもこんなおいぼれに望むんじゃないよ」

 ばあちゃんは実に面倒くさそうに手を振って、いつものように断った。

 僕もこうなるだろうと半ば予想していたので、それ以上は無理に誘いはしなかった。

「じゃあ、行ってくる」

 特に何かを持つでもなく身一つで身支度を済ませると、ばあちゃんに見送られながら勉強会の場所へと向かった。

 昨日に続いて今日も雲ひとつない天気の中、広場の一角に日差しを避ける天幕が張られた場所があった。中ではテムじいが椅子にどっしりと腰を下ろして生徒が来るのを待ち構えていた。

「おはようテムじい。早すぎない?」

「人の事を言えた義理か。お主も充分早いじゃろう」

「僕はほら、ばあちゃんの世話があるし」

 細目で睨むテムじいに対し、僕は笑って誤魔化した。

「婆さんは元気にしてるか?」

「酒と煙草の不満はあるけど、それ以外は平気だよ」

 僕の答えにそうかと小さく呟いたかと思うと、胸に手を当てて撫で下ろしていた。ばあちゃんとテムじいはどうやら知り合いらしいけど、どうしてかお互いに会うことは避けているようだった。その理由を聞いても、二人とも教えてはくれなかったけど。

 そうこうしているうちに数少ない他の子供たちやティアもやってきて揃い踏み、授業を始められる目処が付いた。

 僕とティア、そして手で数えられるくらいの小さな子供を一度見渡して、それからテムじいは口を開く。

「今日は何を学びたい?」

「さんすー」「おはなしー」「りゅうってどうしていないの?」

 子供達からいろんな希望が飛び交う。僕やティアは年長者として特に意見は出さず、子供達の意見をまとめる形で話に参加し、みんなであれこれ話し合った結果、今日のテーマは歴史となった。

「では竜についての話を始める前に、『ラストックの罪禍』について話した方がいいかの。アリナ君、答えられるかな?」

 年老いたとはいえテムじいは背筋を伸ばし、教鞭の代わりの杖で一人の子供を指差すと、声をかけられた女の子ははいと一声上げて立ち上がった。

「ラストックはこのせかいを守っていた五王国の竜と旅する竜をたおしてしまったわるい人です!」

「そうだの。じゃあ、どうしてそうなったのか説明出来るかなティア君」

 アリナと入れ替わるようして僕は立ち上がった。

「五王国の中の一つ、黒の国にいる黒竜が他の国を攻め滅ぼそうとする野望を抱き、それを懲らしめる為に白の国から勇者ラストックが選出されました。見事ラストックは黒竜を退治して国に凱旋したものの、それは偽りでした。黒の竜と結託したラストックは各地の竜だけでなく抵抗した赤の国の国王まで倒し、最後には白の竜を倒しました」

 端的にまとめた説明にテムじいが満足げに頷いたのを見て、ティアはホッと胸を撫で下ろして腰を下ろす。

 一方で子供達が「なんで?」「どうして?」と疑問を投げつける中、テムじいが大きく咳払いして注目を集めた。

「ラストックがそうした理由はわからない。そこはみんなで考えてみるといい」

 子供達はなんだかんだと不満をあげたものの、テムじいに睨まれる――といっても本人は普段通りの顔つきで見ているので、子供達が一方的に怖がるだけなのだけど――と、少しずつ騒ぎは小さくなっていった。

 全員が静かになったところで、テムじいの視線は僕に向いた。

「ではコニス。竜がいなくなってから今まで何が起きたか、教えた範囲を言えるかな?」

「はい」

 子供達のキラキラとした期待に満ちた視線が集まる中、緊張で僕の尻尾が震えてしまう。後ろには子供がいないとはいえ、それなりに目立ってしまう尻尾を後ろ手ではたくと、待っているテムじいの方を向いて話し始めた。

「竜がいなくなった事で、各地に生きていた魔物は増えていきました。あと、魔術を使う為の制御が難しくなり、大きな術式の使用が禁止されました」

 口にするとそれだけだと思えてしまうのが不思議だ。そもそもこの小さな村では、魔物が出る事もなければ高位の術士もいない。せいぜいが家庭用の魔器を使う為にちょっと力を使うくらいだ。不便と思う事もなければ、困る事もない。

「魔物が増えた原因は、竜が退治していたのが無くなったというのもありますし、昔あった外装骨格(エクステリオッサ)という術を全面禁止にしたので、魔物退治がしづらくなったというのもあります」

 以上です、として話を締めくくって腰を落とした。

 僕の話した中身は子供達には難しかったのか、歓声や拍手よりもまず内容を飲み込もうとするのが精一杯だった。

 そんな中でテムじいが手を一つ叩く。音が大きく出るように叩かれたそれは、一気にみんなの視線を集めた。

「君らが見えていない世界ではそういう出来事が起きているという事を覚えておきなさい。その上で君ら子供が気にするべきは、危ないところには近寄らず、大人を頼りなさいという事だ」

 諭すような話で結論づけると、テムじいは机の上の鐘を鳴らして今日の授業を終わりとした。子供達はテムじいにお別れを言ってそれぞれの家へと帰っていく中、僕とティアはもう少し勉強していくようにと残された。

 腕を伸ばせば相手の身体に届きそうな距離に互いの身を置き、教卓代わりの作業台の前に立ったテムじいと向かい合う。こうして居残りになる機会は珍しく、僕もティアも何か悪い事をして残されるわけでもないので、一体何の話を始めるのか興味津々だった。

「――君達はこれからどうするかね?」

 まるでばあちゃんみたいな事を言い出されて、僕とティアは思わず顔を見合わせた。

「……どうする、って……」

「テムじい? 昨日のばあちゃんから何か聞いたの?」

 ティアは俯きながら真面目に考えだし、僕はテムじいとばあちゃんは仲は良いので、どこかで事前に打ち合わせをしているかもしれないと勘繰った。

「別にそんな事はない。老い先短い年寄りは、いつだって若人の行先を見たいと思っているだけじゃ」

 朗らかに笑ってみせるテムじいの表情は、やはりばあちゃんの笑い方と似ている。怒る時も悲しみにくれた時でも声の様子が変わらないので、この言葉が嘘か本当かはわからない。

 答えるべきかどうか迷っている中、隣で俯いていたティアはおもむろに顔を顔を上げると、前にいるテムじいよりもその先を見つめるような目をしてその口を開いた。

「アタシ、多分この村を出て行くと思うわ」

 それは、僕もテムじいも思ってもみなかった言葉だった。

 僕らの視線を正面から浴びているティアは、慌てて手を突き出すと左右に振って言葉を繋ぐ。

「別にこの村が嫌いってわけじゃないし、出て行かなきゃいけない理由もないの。ただ、なんとなくそんな予感があるってだけなの」

「ティアの勘は当たるからなあ」

 僕の顔は間違いなく困ったような表情を浮かべている。昔からティアは通り雨の襲来を当てたり、急な来訪客を当てて見せたりと勘が働く。一昔前でいう『巫女』のような存在だと、ばあちゃんが言っていた。

 その目で僕を覗くように見返したティアは、さらに口を開く。

「コニスだって、ずっとこのままでいられるわけじゃないでしょ?」

 さも当然のように言われても、僕もどう返していいのかわからない。

 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

「そう、かな」

「そうでしょ?」

 このまま生きているのなら、将来は決めなきゃいけない。

 それはわかっていても、僕にはまだ遠い未来の話のように思えた。

「……僕は、出て行く気はないかなあ……」

 今のところ、と付けるべきなのかどうかはわからなかった。

 図らずも見つめ合う形になった僕達の、しかしよく聞くような恋が芽生える美しいものじゃないその僅かな時間は、横合いからの手のはたく音で破られた。

「そういう悩みを抱えられるのも、若人の『勉強』だ」

 口元にうっすらと笑みを浮かべているのは、珍しい喜びの感情だろう。

「…テムじい、もしかしてそれが言いたいだけ?」

 あるいは、僕らのそういうやりとりを見たかっただけかもしれない。

「今この村にいる者で若人はお主ら二人だ。そろそろ将来は見据えておくんじゃぞ」

 これで授業は終了だ、と一方的に宣言して打ち切ってそのまま帰路に向かってしまった。

 ここはちょっとした休憩所なので、特に片付けるような作業もない。

 残された僕たちは息の合ったため息を付くと、また明日、と別れを告げて背を向け合う。

 僕らの頭上にある空は、まだ導く星のない青い空のままだった。

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