564.小さな島の小さな幸せ(1)
どこまでも広がる青い空に、うっすらと白い化粧をかける雲。
空に日は登っているけど、大地を走る風はまだ前の季節の名残を残していてひんやりとしてる。
寝転ぶ大地は早くも青々とした顔を覗かせていて、ちょっと申し訳ないと思いながら腰を下ろした。
仕事で火照った身体を冷やす為に身体を横たえれば、この丁度良い時間と季節が重なり合っているように思えて、ことさら身体が眠りに誘ってくる。
「こーらっ」
怒気のこもった声と共に、僕の顔に影が刺した。声で誰かはわかっていたので恐る恐る顔を向けると、亜麻色の髪に緩くウェーブがかかった女性が腰に手を当てて仁王立ちになっていた。
「ティア」
幼馴染に笑って声をかけると、青い瞳を宿した目つきがきりきりと釣り上がっていく。天然の頬紅がある血色の良い肌が暗くてわからないけど、黙っていれば美人だと言われるその表情は、僕のせいで台無しになっていた。
「どうしてこんなところにいるのコニス! 今日はみんなの家の為に薪割りするんでしょ!」
「それなら終わったよ。だからこうして休んでるんだ」
彼女の顔が日陰になったおかげで顔の周りは気持ち涼しくなり、心地良い仕事疲れもあってか口から欠伸が漏れるのが止まらない。
「じゃあ井戸の水汲みは?」
「それならもう、うちの分だけだよ。ばあちゃんから後でもいいって言われた」
そう言い切ると、彼女は二の句を告げられなくなったのかしばし口をパクつかせた後、大きくため息をついた。
「……じゃあ、やる事は全部片付けちゃったのね」
「こうして怖いお目付け役もいるからね」
目の前にいる優等生っぽく口にすると、顔を真っ赤にした彼女が僕の背中側へ来ると、大きく足を振りかぶった。
「もうっ!」
気合いとともにその足を僕の黒い鱗に覆われた太い尻尾へ向かって蹴りつけた。
「痛ってえっ!」
照れ隠しもあってかなり強めに蹴られた尻尾は蛇のようにのたうちまわり、尻周りから背筋に衝撃が伝わる気持ち悪さで僕も大地をごろごろと転がった。草の匂いを目一杯吸い込みながら痒みにも似た痺れが落ち着くのを待つ。
はぁはぁと荒い息を吐きながらも身体の不快感が抜けると、僕は顔を上げて見返した。
「何すんだよティア!」
「仕事終わってるなら最初からそう言えばいいでしょっ! テルじいが姿を見ないって聞いたから慌てて探しにきたっていうのにっ!」
そう言うと彼女は僕から視線を外してしまう。
僕は僕でその言葉に、口が開いたまま動かなくなってしまった。
なぜなら、テルじいの所の薪割りは忘れて終えてなかったからだ。
「……あー……」
どう口にしたらこの姫の機嫌を悪化させずに懺悔出来るかと考えて、つい口から音が漏れてしまった。
耳ざとい彼女は僕の零れた声を見逃さず、ますます機嫌を悪くしたまま僕を見る。その目は、噂に聞いた『浮気をした旦那を絶対に許さない女の目』というやつかもしれない。
「なによ?」
「いや、なんでもない」
脊髄反射的に僕は彼女から視線を逸らした。
再び目を合わせたら、今度は今以上の雷が落ちるかもしれない。
「気になるじゃない」
一歩前に出て詰め寄ってくる彼女。
そっと腰を上げて逃げる準備を始める僕。
「……もしかしたら、テルじいのところの薪割り、忘れてたかも……」
そう口にした瞬間、彼女の拳が僕の頭目掛けて振り下ろされる。
前もって予想していた僕は素早く前に転がってその一撃を避けると、追撃が来る前にと立ち上がって村の方へと全速力で駆け出した。
「サッサと行ってきなさい! テルじい、寒いの苦手なんだから!」
「はいはーい!」
追いかけてこないのを気配で察した僕は走る速度を緩めつつ、後ろで呆れてるであろう彼女に向けて手を振って返した。