ー39.あのあと
自分の吐く息が荒い。
思っている以上に身体が重い。
もう山場は超えた。超えたはずだ。
そう自分に言い聞かせて、暗い地下道を走り続けている。
「姉さん! もう少しですぜ!」
先頭を行く小柄な男がアタシに声を飛ばしてくれた。
半歩後ろでアタシに歩調を併せてくれる無表情の男も、視線で様子を窺っているのがわかる。
それを全て知りつつ、アタシはようやく小柄な男の元に辿り着いた。
耳元に聞こえてきた小川の流れる音と共に、視界の先にはアタシたちが乗ってきた小舟が破壊されずに残っていた。
「追ってもいません。早く」
アタシが来たことで先んじて船に乗った小柄な男が手を伸ばしていた。
重い身体を鞭打ってどうにか乗り込むと、無表情の男は音もなく飛び付き、波一つ立てずに着地して船を漕ぎ始めた。
「これで全任務が終了、でよろしいですか?」
「まあ、ねえ」
アタシ達の後ろではまだ金属同士がぶつかり合う音が聞こえている。
この音が止んだとき、戦いの勝者がどっちだとしてもアタシはこれ以上関われない。
アタシが出来る事は、アタシが推した男が勝ってくれる事を祈るだけだ。
息を吐くだけでも辛い。腹部にあるものが絶えず動くせいで、アタシの体力がどんどんと削られていく。
「まさか、もう身籠ったのですか?」
「……それどころじゃないよ……」
初めて子を宿したとはいえ、この不調はおかしいと言い切れる。
何せアタシの中にある竜の力が、この戦いの後で失われるその前に腹の中の子供を成長をさせようとしているんだ。ただでさえさっきまでの戦いで力を使い切っている中で、補給もままならないって状況なんだからたまったモンじゃない。
「血清、くれるかい」
アタシが手を出すと、小柄な男が自分の懐から光る石ころを取り出して手の上に乗せてくれた。
掴んだそれを口の中に含んで一気に噛み付けば、歯に仕込まれた術式が反応してさっくりと抵抗も薄く砕けた。閉じ込められた水のような塊の力が喉を通って内側へ下ると、疲労がどんどんと抜けていった。
「くああ……いったあ……」
疲労は抜けたものの、腹に落ちた力を奪い取ろうとするかの如く、腹に宿る者が動く。
どうしたもんかと思考を巡らせたくとも、ぐったりと倒れた身体を起こすのが億劫なほど意識が落ちていきつつある。
どうにか動く腕で服の内側をまさぐり、自分の持っていた血清を一つ噛み砕き、強引に疲労と力の回復を図る。
「……コンタ……マノ。後は、任せ……た」
アタシは堪えきれない眠気に身を委ね、深く深くその意識を落としていった。