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リディがスキルを発動した。
俺たちの目の前に円形の光の輪が現れる。
その輪の向こうはどうも『スライムの大洞窟』と思われる景色が広がっていた。
「事前にディメンションゲートを開く先の状況は分かる、そう言うスキルだからな。人々がまわりにいない場所を選んで門を開いたから他の者とばったり会う事はないぞ」
「……なんつーか、本当に凄いとしか言えないな」
「ふふん、まあそう言われると悪い気はしないな」
その光の輪をよっこいせっと潜ると本当に見慣れた『スライムの大洞窟』で間違いなさそうだった。
リディのスキルは間違いなく本物だ、これはまたとんでもないスキル持ちがいたもんだな。
人間じゃないけど。
「それではワタルの家に向かうとするか?」
「ああっ所で、リディもそのままついてくる気なのか?」
「それはそうだ、何か問題でも?」
あるよ、その肩とか胸元が露出してスリットの入っていて金細工が星々のように散りばめられた青いドレス姿は目立ちすぎるだってば。
するとリディは「分かった、それなら……」と言うとその身体が光った。
なんだと驚いていると彼女の身体が光となりその姿を変えていく。
なんとリディは一枚のカードになった。
あの魔法カードと同じサイズ、普通のトレーディングカードくらいのサイズだ。
しかし以前の魔法カードみたいにカードに謎の象形文字みたいなのが記されてるだけの寂しいデザインはしていない、なんとロングヘアーの女性の姿が描かれていた。
その服装はリディと全く同じ、ただ違うのはあの仮面を着けていた時と同じくらいの年齢の姿だ。
もちろん仮面は着けてない。
それとカードは宙にふわふわ浮いていた。
そうか、確か以前『契約』の魔法カードについて調べた時に契約した存在はカードに入れるし地上にも持ち運べるって話だったな。
「この姿であなたの胸ポケットにでも入れば問題ないんじゃないか?」
「ああっそれなら問題ないと思う」
「ならば行くとしよう」
そう言うとカードとなったリディは俺のジャージの胸ポケットに入った。
その後、俺たちはダンジョンから出た。
そしてアパートへと帰る道すがらに嫌なヤツと会う、金利だ。
ヤツは遠くから見えた時はかなり不機嫌そうだった、しかし俺の顔を見るといつもの汚らしい笑顔を俺に向けてきた。
更に呼んでもいないのにこっちに歩いてくる。
パカパカというサンダルの音すら不快に感じた。
「よおワタル、今日は学校の部活かなんかで遅くなったのか? それとも案外夏休みに遊ぶ友達でもいたのか? 母ちゃんも歳だからちゃんと見守ってあげなきゃダメだろうが」
金利の母ちゃんとは婆ちゃんだ。
婆ちゃんは今も健康そのものだし俺にはいつも元気にそして自由に生きて欲しいと言ってくれている。
コイツの言う見守ってあげるなんて真似をすれば逆に悲しむくらい有り得る人だ、いつもコイツは無責任にテキトーで、まるで自分がいい奴か何かだと勘違いした発言をする。
そんな所も軽蔑する所だ。
俺が無視して行こうとするとわざわざ前に立ち止まって進むのを邪魔してきた。
思わず手に持つ金属バットに力が入る。
俺の怒りに気付かないのか金利はヘラヘラと笑いながら話し掛けてきた。
「ワタル~実はさっき母ちゃんに会って金を借りたんだが、それがちょっと少なくてな……お前、少しでいいから俺に金を貸してくれないか? 競馬で勝ったら倍にして返してやるよ」
競馬、また金も無いのにクソみたいなギャンブルをしているのか。
ギャンブルに勝ったら金を返す、つまり負けたら一切返す気はないって事だろ。
どこまでも人を舐めてる盗っ人だ。
「……そんな金ないぞ」
「本当にか? お前が金を出せば母ちゃんに会いに来る回数を減らせるんだがな~毎度毎度ここまで歩いてくるのもシンドイんだぜ?」
「………………」
「おおっ怖い怖い、まあ金は母ちゃんにどうにかしてもらうさ。じゃあな」
俺が睨みつけると……と言うか金属バットで地面を小突きだすと流石に金利は俺から離れた。
ここがダンジョンだったら……。
そんな考えがまた頭に浮かんだ。
違う、俺はそんなことの為に探索者になった訳じゃない。
自分を戒めるようにしながらも、金利が歩いて行く背中をつい睨みつけてしまう。
「……え?」
すると気付いた、何でかヤツの背後に小さな光剣がふわふわと浮いていた。
「ワタル、あなたに対するあの者の言動と態度は私から見てとても邪悪なモノに感じた。故に勝手だけどやり返させてもらうぞ」
光剣が金利のサンダルの後ろ側にプスッと刺さる。
地面にサンダルを縫い付けられたのだろう、突然動かなくなったサンダルに対して金利は「うおっ!?」と言って驚き、そして体勢を崩して転んでしまった。
その姿は情けない。
そうか、そうだよな。
あの金利はもう五十も過ぎた年齢だ、その上働きもせずに親戚に金を無心して回るのが仕事というクズだ。
身体も大して動けもしない、そりゃ十代後半の高校生が金属バット片手にイラつけば普通に逃げようとするのも当たり前だ。
あのヘラヘラした笑い方はヤツなりの威嚇か何かだったのかも知れない。
そう思うと今まで金利に持っていた言い知れない忌避感とか異様で理解出来ないタイプの大人への恐怖と言うのが消えるのを感じた。
大人だからって問答無用で強い訳でも、偉い訳でもないんだ。
間違った事も愚かな事もしてしまう、そんな所詮、たかが、な人間でしかないんだ。
「殆どの恐怖とは自らの内より出でる虚像である……か」
あの女性魔導師の言葉を俺は思い出していた。
本当にその通りだったのかもな。
金利に感じていた恐怖は他の誰でもない、俺自身が生み出していた虚像だったのだ。
『─よくぞその虚像に囚われることなく一歩を踏み出しました。その勇気を称え、ささやかながら褒美を与えましょう』
「……ありがとう、リディ」
「これくらい当然の事だぞ、私は君のサーヴァントなのだから」
転んでしまって痛がる金利を無視して俺はアパートへと帰る。
思えば今日この日に俺は本当の意味で恐怖と言う虚像を超えて一歩を踏み出せたのかも知れない。
そう思ったんだ。
第一章の終わりです。
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それらによって作品は支えられています。
明日からは午後八時過ぎに少しずつ時間をずらしながら1話ずつ投稿します。