渓谷の町2
ビーと少年が睨み合う。
飛び降りてきた少年は、歳の頃ならビーたちより少し上。
エチルスよりは幼く、少年とひとくくりにするには大人びて見える。
両者に譲る気配はない。
相手から目線を晒せばその時点で何か負けると考えているようだ。
互いに少しの動きも見逃さないよう、一挙手一投足に注視する。
そんな一触即発のような空気に最初に耐えられなくなったのは心優しい保護者のお腹だった。
ぐうううーーーーぅぅぅううーーー
「ええっ!? まじ?」
「はぁぁぁ!?」
シャイナは「このタイミングで」と半ば笑いながら驚き、ビーは「緊張感ねぇのか!」と苛立ちの矛先がエチルスへと変わった。
「め、面目ありません‥‥」
夕日のように赤く染まった顔を両手で覆いながら、エチルスはうずくまる。
その様子を見ていた地元民の少年は、大きなため息ついて緊張を解いた。
冷たい態度は変わらぬまま、落胆と安堵が入り混じったまま呟く。
「……お前らじゃなさそうだな」
「あぁ?」
ビーの疑問には応える気もないのか、少年は三人を一瞥すると、踵を返して大樹の根元にある入口をくぐって中に入っていった。
「……何だったんだ? あの兄ちゃん」
「知るか」
「すみませんねぇ、うちの甥っ子が」
「うっわっ!」
「――っ!?」
「えっ、えっっええ!?」
うずくまったエチルスの隣に気配なく現れたのは、膝を抱えても尚身体の大きさが強調されるほど大柄の筋肉隆々の男だった。疲れている上、先程の青年に気を取られていたとはいえ、ここまでの接近を悟れなかったことに、ビーとシャイナは驚愕した。
「オ、オレたち、だいぶ疲れてんのかな……?」
「……同意、することに、する」
前頭部から後頭部にかけて馬のたてがみのような特徴的な髪型は、先程の青年と同じ色であり、身体的特徴からもこの人物も町の住人であることが伺える(疑いたくなるくらいの体躯だが)。
巨躯に似合わず、すっと優雅な動作で立ちあがると、腰につけた薄紫色のフリルのエプロンを丁寧な動作で整え、エチルスへと手を差し伸べた。
貴族を思わせるかのようなしなやかな動きに、巨体がミスマッチである。
「え、あ」
反射的に差し出された手を取ったエチルスは、軽々と引き上げられ立たされる。
戸惑いを隠せないエチルスに、たてがみの男は顔を寄せて囁く。
「……宿屋をお探しかしら?」
「う、あ………、はい、そうです!」
息がかかる距離で聞かれ、ただ首を縦に振るしかない教師。
「もしよければだけど、わたくしたちの宿にお泊りにならない?
中心地からは離れていて古いけれど、リピーターが多いし、いい宿屋と自負してるわ」
「はい、はい、はい、よろこんで!」
エチルスは相手の雰囲気に飲まれて、もう頷くしかできない人形のようである。
男は子ども二人が反論する間も与えず、にっこりと微笑んで言った。
「いい判断よ、お兄さん。さ、どうぞ。
「宿屋 エンシェント」へいらっしゃいませ」
姫をエスコートするように優しくエチルスの手を引いていく。
ビーとシャイナはあっけに取られて、一瞬思考が停止したものの慌ててエチルスの後を追う。
三人は導かれるまま「エンシェント」と呼ばれる大樹の扉をくぐっていった。




