渓谷の町
「やった、やっとやっと着きましたよ〜」
「はぁー、まじきちかった!」
「ふぅ……」
険しい山岳地帯から四日。
泥だらけの三人はようやくたどり着いた。
そこはリタホームーーーーではなく、リタホームから一つ手前の集落。
渓谷の町ワルニーグ。
そこはリタホームを訪れる者が必ず通る場所だった。そのため辺鄙な場所にある割には、旅人や冒険者などでそれなりに賑わっている。
リタホームはこの町のさらに東に位置し、周囲を高い山と森と谷で断絶された場所にある。谷を渡るためには、ワルニーグを抜けた先にある橋を通らなければならなかった。それ以外にリタホームへ行く道はない。
数日前に通ってきた断崖絶壁の白い岩肌の山々と違い、ここは鮮烈な赤や琥珀色、穏やかな深緑に焦茶など、色とりどりの葉が折り重なってグラデーションを描く、絵画のような山が肩を並べていた。
山と山の合間には川が流れ、ワルニーグはその川を眼下に眺められる風光明媚な場所だった。リタホームがなくとも訪れる価値はあると感じさせる。
シャイナは体や頭についた泥や木の葉を払いながら、キョロキョロと周囲を観察した。
「わぁ、なんだか賑やかなところだね」
「そ、そうですね。ここを通らないとリタホームへ行けないようなので、僕たちが来た方向以外からの方たちも集まってるんでしょうね。いてて…」
同じように服を叩きながらエチルスは答えた。
「通ってきた森とは全然違う雰囲気だな」
「ビーの言う通りですね。ここもさっきまでの森と同じだったらどうしようかと、できる限り道中考えないようにしてました」
「あー、とりあえず休みてー」
「そうだな、ひとまず休める場所を探すか」
ビーたちは宿屋を探すため、町中を散策し始めた。
まず目を引くのが、その町並みだ。
全てではないが古くなった巨木の中を改造して家や店が作られている。朽ちた場所をうまく活用して丸窓やドアがはめてあったり、木の枝に看板がかかっていたり、隙間には別の植物を植えてあったりと、独自の文化が根付いているように思われた。
家を納められる巨木など、森の近くに住んでいるビーたちも見たことはない。エチルスも文献で知ってはいたものの目にするのは初めてであった。
また大きな通りは出店や商店が立ち並び、どの店も活気がある。少し前に見た街も大きく活気があったが、ここはそれ以上に旅行者が多く見受けられた。
旅行者向けの商品が多数取り揃えられ、店員の呼びかけもあちこちから聞こえてくる。テイクアウトの食べ物の店や軽くお茶のできるテラス席がある店、冒険者向けに武器防具のメンテナンスのサービスがあったり、宿の数も充実しているようだ。
旅行者かそうでないかは一目で分かる。
家がそうであるように、そこに住む人たちにも特徴があった。服装は白地に染料で模様が書いてある服を着ているものが多く、肌は褐色で耳が尖っており、髪の色素が薄いのだ。
ビーとシャイナは村との違いに終始反応してしまうが、疲れた身体は正直なもので、心のテンションとは裏腹に足取りは軽くはならない。
いつもなら些細に解説してくれるエチルスも口数は少なかった。
少し脇道に逸れると表通りの喧騒は遠くなり、子どもの笑い声や洗濯物が干されたベランダ、胃を活性化させる香ばしい匂い、食卓を囲んでの談笑など、そこで暮らす人たちの生活が垣間見える。
冒険者や旅行者がいることが常のためか、すれ違えばあいさつが交わされ、道を尋ねれば「珍しいわぁ」と言われながらも嫌な顔ひとつせず、丁寧に、時には一緒に歩いてくれたりと親切に道案内もしてくれた。
賑やかではあるが、その中に穏やかさがあり、初めて訪れた場所にも関わらず、故郷に戻ってきたような不思議と落ち着ける心地よさが、ワルニーグにはある。
住宅街を抜けた先、どっしりと構えた大樹がビーたちの目に止まった。背は高くはないが、白い幹が通常の一軒家の5軒分ほどの幅があり、横に広がる枝にはゆっさりと白銀色の葉が生い茂ってる。陽光が当たる葉は、きららと反射して輝き、風に靡けばその角度によって色が変わって見えた。
また、それは単なる樹ではなかった。
この町の他の場所でも見られたように、幹の所々に窓やドアにベランダ、外階段などが付いている。窓の奥には部屋が見え、ベッドや椅子、明かりなども揃えられており、人が暮らせるようになっているようだ。
三人がその神秘的な佇まいに見惚れていると、頭上から声が降ってきた。
「おい、そこのガキんちょどもーーーーそこの銀髪帽子とオレンジのガキ!」
「ーーーーあぁ? 誰がガキだっ」
疲労も重なり不機嫌さを隠せないビーが、応戦するように苛立ちげな眼差しを向けると、その大樹の2階のベランダに声の主は立っていた。ベランダの手すりから前のめりに身をのりだし、少し吊り上がった青色の瞳がこちらを睨みつけている。
褐色の肌に、陽に透けるような薄いブラウンの髪を後ろで一つに束ね、他の住人たちと同じようにアイボリー色の麻布で拵えられた服を着ていた。
ビーが睨みつけると、その少年は慣れたようにベランダの手すりを飛び越え、ひらりとビーたちの前に降り立った。