場所
村を出発して、数日が経過していた。
旅路自体は大きなトラブルもなく穏やかなものである。
道のり以外は。
「ま、ま、ま、待ってくださぁい、こ、ここ、ここっ、僕には狭いです〜っ」
「もうすぐ終わるよー、がんば!」
「マー、下見るな。先だけ見て進め。通れる分の幅はある」
三人は断崖絶壁の細い通路を進んでいた。
通れる幅は大人の両足分のみ。
誰が設置したのか、岩肌に穿たれた鎖を支えに、体を岩壁にひっつけて横移動で進む。背中側には気持ちの良いくらいの開けた空、眼下には草原と山に沿って横に広がった森が鎮座していた。
時折突風が吹き抜け、風雨で錆びた鎖をジャランジャランと揺らす。
おつかいに行くと決まった日から六日後の早朝。前と同じように村の広場に集合し、ビー、シャイナ、エチルスはリタホームへ向けて出発した。
天気は良く、空は澄み渡り、心地よい風が三人の背中を押してくれた。村の北側にある森を抜けて、広い草原を進み、祖母が持たせてくれたお弁当を取り合いしながらも仲良く分けて食べ、一息入れながら歩みを進めた。
草原の中にはレフュジ村より小さな集落を見つけることもあったが、宿泊施設などはなく、必然的に野宿となる。
開墾しやすそうな平坦な場所が続いているのに、何故か人が集まっているような場所が見当たらなかった。
疑問に思ったビーはエチルスに尋ねる。
「僕も不思議に思って調べたことがあるんですよ。おそらくは水場の確保が難しいみたいです。川や湖が近くにないんですよ。あとこの辺りは気温の差が激しいらしいですし、雨も降ったり止んだりと安定してないみたいですよ。今は草原でも時と場合によれば草も生えていないとか」
もう少しいけば森になるようなので集落があると思いますよと不慣れながらも野宿の準備をしながら、エチルスは答えた。
僕らにはビー球があるので水には困らないからいいんですけどね、と付け加える。
確かにかろうじて道と呼べるものはあるものの、行き来する人はほとんど見かけない。
先日エチルスが特殊な状況下にあるにも関わらず、リタホームに人が溢れるようなことはないと言っていたことをビーは思い出していた。
モンスターも出なければ、草原の割には動物がほとんどいない。得られる糧が無ければ人は住み着けない。リタホームへ続くこの道の先には、人や生き物を退ける何かがあるのかもしれない。
リタホームへ行ける人間をこの時点で選別しているようにビーは感じた。
事前に準備した携帯食料をやりくりし、また時折見かける生き物を逃さず捕まえ、三人は比較的すんなりと岩山が連なるエリアへ入った。
そして、前述の鎖を頼りに進む断崖絶壁へと至る。
細すぎる山道に(主にエチルスが)心と体を震わせながらも、無事に越えた三人は少し開けた場所で休息を取る。
「う、う、う……、渡れて、渡れてよかったぁ…」
「頑張ったね、エチルス。流石にあの高さと道の狭さにはオレもビビったよ〜」
森で見つけた果物を差し出しながら、シャイナはエチルスを労う。
ビーは周囲を警戒しながら、少し先の山に目をやった。
少し青みがかった山肌には、遠目だからはっきりとはわからないが、鎖がある箇所が数カ所は見受けられた。険しい山道はこの先にも待ち構えていそうだ。
子どもで体格も小さく、身体能力もそれなりにある自分たちにはそこまで苦のある道ではない。しかし大人のエチルスには道幅からしてギリギリである。また身体能力よりも精神的な負担が大きい。
視線はそのままに、ビーはエチルスに問いかけた。
「マー、リタホームに向かう地図見せてくれ」
「んんんんっ、ーーーんぐ、ちょっと待って、ください、ねっと」
食べていた果物を飲み込み、エチルスはカバンの中から地図を取り出し、その場に広げた。
エチルスが今いる箇所を指で示す。
地図の南の方に出発地であるレフュジュ村がある。
そこから北に進むと通ってきた広い平原があり、森へと変わり、山岳地帯へと入る。その山岳地帯を抜けて東に進んでいくと谷があり、その向こうに目的地である山に囲まれた中心地にリタホームの名前が記されている。
今いる箇所は周辺一帯が山岳地帯であり、横に広がっているため避けることはできない。
旅に出る前に何度か見返した地図だ。
実際の道のりを思うと山岳地帯を避けたいところだが、残念ながら他の道は大きく迂回しなければならず日数がかかりすぎる。
今から道を変えることはできなかった。
地図を睨みながら思考していたビーに、エチルスは穏やかに微笑みながら言った。
「ありがとうございます、ビービー。別の道がないか探してくれてるんですよね。でも、大丈夫ですよ!なかなか怖い道ですが通れないことはないですし、ここまでも問題なく来れてるんですから、このままいきましょう!」
「…………」
その発言からビーは、エチルス自身も他に道がないことを知っているのだと悟る。
それを知ってか知らずか、シャイナがいつも通りにいい笑顔で励ます。
「大丈夫だよ、エチルス。なんかあったらフォローするし、ビーがなんとかしてくれるって」
「……お前は他力本願すぎる」
え、そう?と特に悪びれる様子もないシャイナに、ビーはある意味安心した。危険な道のりではあるが、前回のような緊張感に包まれる感じはない。シャイナも野生の勘でで察しているのだろうと思う(思うことにした)。
小休憩を挟み、三人は再び山岳地帯の崖スレスレの道に挑んだ。