プロローグ1
深い霧の中、一匹の子ウサギが森を駆けていた。
小さい体ながらも、その脚はしっかりと大地を蹴っている。薄い紫がかったふわふわした毛並みには、装飾のように水滴がついていた。
時折立ち止まっては、何かを警戒するように背と耳をぴんと伸ばして周囲を確認し、また走り出す。
どのくらいの間、そうやって走り続けていただろうか。
小さい心臓は破裂せんばかりにドクドクと脈打ち、呼吸も浅い。
頑丈なはずの脚の感覚はすでにないような気がしていた。
それでも、子ウサギは走ることをやめない。
もう体力の限界に差し掛かったその時、急に霧が晴れ、子ウサギの視界はクリアになる。
ようやく森の外に出たのだ。
ラベンダー色の瞳に三日月が微笑み、いたわるように穏やかな風が柔らかな毛並みをなでていく。
子ウサギは、しばし眼前の光景に見とれた。
仰ぎ見れば星が煌めく広い夜空に、どこまでも続いているかのような草原。
少し乾いた土の匂い、かすかに感じる自分以外の生物の息づかい。
はっ、と子ウサギが我に返り、慌てて周囲を見渡した。
背後には霧深い暗い森が音もなく鎮座している。
一度身震いすると、幼いウサギは何かを決意したように前を向き、草原の中に飛びこんで再び走り出した。