勇者時代のアタシの外見はともかくとして、魔王の呪いでナイスバディを手に入れました。神様(魔王)ありがとー!
「はぁ、はぁ、うぐっ......、はぁ」
いつもの何倍も重く感じる剣を、肩で息をする勇者が振り絞った力で上段に構える。気を抜けば意識を手離してしまいそうな状態でなお、勇者は自らが倒れることを許さなかった。
「くっくっくっ。何がお前を支える? 人間どもにそこまでの価値があると信じているのか」
「うるさい! 黙れ!」
その言葉で勇者の脳裏に幾人もの大切な仲間の顔が通り過ぎる。苦難の連続だった道のりを乗り越えてきた戦友達。
腐れ縁だとぼやきながら、いつも背中を守ってくれていた剣士。
神のご加護をなんて言いつつも、常にカバンには酒瓶を忍ばせていた僧侶。
俺は世界の宝だと上から目線だった魔法使い。
その仲間達は魔王との最終決戦の場に辿り着くことは出来なかった。
剣士は四天王の牙から勇者を庇い、僧侶は自分の命と引き換えに傷つき倒れた勇者を蘇生させた。
傲慢だった魔法使いは魔物の大軍を相手に自爆魔法を唱えた。
皆、勇者を守り、思いを託して息を引き取った。
他の安全な場所にいる者達から託されたからではない。 命を懸けて託された思いに報いるために、勇者は諦めるわけにはいかなかった。
「くっくっく。中々に見上げた根性だ。このまま亡き者にするには惜しいな。どうだ我の仲間になるなら世界の半分をお前にくれてやろう」
「戯言を言うな!」
まるで瞬間移動したかのような勇者の踏み込み。
瞬く間に詰め寄られた魔王は驚くこともせず、上段から振り抜かれる豪剣を左腕で払い退けた。
「——くっ」
「終わりだな。最後にもう一度聞くぞ。我の仲間になれ。そうすれば世界の半分、世の中の女全てをお前にくれてやろう」
「——女?」
魔王の言葉に初めて勇者は反応を示した。
「そうだ。好きなだけハーレムでも作るがいい。男の夢だろう? この世の女の全てを手に入れたくはないのか?」
魔王の誘いに勇者は震えた。
まさか魔王までもが……と。
「アタシは——」
「な、何!? お前、ま、まさか!?」
「——女だぁー!」
誰がどう見ても男にしか見えない勇者の言葉で魔王に一瞬の隙ができる。
勇者の手首が返り切り上げられた剣は、魔王の脇腹から侵入し胸の辺りで止まっていた。
紫色の血が剣を伝って地面に落ちると、魔王はそのまま後ろに倒れ、力を使い果たした勇者もその場に膝をついた。
「くっくっく。我を倒したか勇者よ。だが我も簡単には滅びはしない。お前に死ぬまで解けない呪いをかけ、あの世で堪能することにしよう」
僅かに上げられた魔王の左腕から靄のような黒い煙が獲物を目掛けて襲いかかる。だが勇者はそれを身動きせずに受け止めて、小さく口元を緩ませた。
「魔王、残念だけどアタシの命はもう僅かだ。せいぜいあの世で悔しがってくれ」
目的を達成した充足感を胸に、勇者は前のめりに倒れた。
魔王の呪いが全て勇者の体に吸収されると、眩い光が辺りを包み込んだ。
目も眩む光がおさまって、アタシはゆっくりと瞼を開けた。 目の前には力尽き床に倒れた魔王。
死んだと思ったけど、どうやらアタシは生き延びたみたいだ。
「みんな、やったよ」
アタシは仲間たちの思いを成し遂げた充足感に体を震わせた。たとえ呪いをかけられようともアタシは満足だ。
しかし......体の感触を確かめるように肩を回したり、首を振ってみてもおかしな所は何もない。
全身の痛みも消えていて、むしろすこぶる調子がいい程だ。
——んっ? あれ?
自分の腕先が視界に入った時、見てはいけないものを見てしまった。
「はぁ? はぁ。はぁぁぁーーん!?」
褐色の肌に黒光りする鱗?
いやいやいや、アタシは雪のような白肌が自慢だったんですが? まぁ、勇者として旅に出てからは日焼けで見る影もなかったけど。
いやいやいや、ちょっと待って。
アタシはまさぐるように全身に手を這わし、視線を下に向ける。
引き締まったウエスト。
倍ほどにボリュームアップしたバスト(当社比)。
形の良いヒップ。
神様ありがとう——じゃない!!
明らかにアタシの体は変わっていた。 いや、体のつくりっていうか、生き物として別物だ。
床に突き刺さった剣に映る姿を確認するが……。
思わず見惚れるほどの芸術的な曲線美。
爬虫類と合体かよって言いたくなるほど鱗に覆われてるけど、よく見れば大事な所は全く隠れていない。
あぁ、そうですね。これは全裸ですよね。
なんかアタシのお尻の方で尻尾が揺れているし。
顔もアタシの面影などない。
少しつり上がった見開いた目に長いまつ毛。形よく通った鼻筋。小ぶりの唇からは可愛い小さな牙が見えている。
漆黒の黒髪は以前のアタシからは想像できない程に潤って、光の反射でリングが浮かび上がっている。
恐らくだが100人の男が今のアタシを見たら100人が美人と答えそうだ。
勇者時代は100人中100人に「えっ!? 女なの!?」って言われてましたけど。
とりあえず色んなポージングを堪能していると、なにやら外が騒がしい。
複数人の話し声が聞こえてくる。
この姿を見られれば、アタシの痴女伝説の始まりだ。
——まずい!
うつ伏せに倒れている魔王に視線を移し、一応合掌した後にマントを剥ぎ取る。
微かな温もりを感じるマントを羽織れば露出狂の出来上……仕方ないじゃん!
パーフェクトボディを手に入れたって、アタシ乙女ですから!
そりゃあ勇者時代は装備が脱げ落ちても戦いましたけど!
仲間からはむしろ顔を背けられましたけど!
魔王討伐に青春を捧げて彼氏いない歴25年ですけど!
羞恥心は持ち合わせていますから!
ガチャリと壊れた扉が開かれる寸前、アタシは咄嗟にマントに備え付けられたフードを深く被った。
中に入ってきたのは4人の男と1人の女。
「——っ、魔王か!」
一斉に剣や槍、杖を身構えてくる。
いや、魔王討伐しましたけど。
あぁ……ね。確かに魔王の城の最奥にいるアタシを魔王と間違えるのも仕方ないか。
訂正の言葉を発しようと彼らの顔を見ればイケメン揃い。
そしてイケメンの中心にいた美女は……聖女ちゃんじゃん。
あぁ、はい。
アタシ勇者。あなた聖女ちゃん。どちらも魔王討伐が期待されていたツートップ。
ガサツなアタシと違って、雰囲気からして癒しの美女は人々からの期待度も高かったのは知っている。
風の噂で聞いたことがあるが、聖女ちゃんが町を訪れれば歓迎パーティーが始まるとか。
ちなみにアタシは勇者としても気付かれずにスルーでしたけどね!
もっと言えば身なりが汚いって宿泊拒否を何度も受けましたけどね!
「まっ、まさか! 奥で倒れているのは——勇者!?」
「——はぁ?」
倒れてるの魔王ですけ——っあ!?
あれアタシじゃん!
天然パーマ全開のアタシじゃん!
やばいっ。その悲しい姿に涙が込み上げてきちゃう。
「よくも勇者を!」なんて思ったのはアタシだけだったらしい。
聖女ちゃん達の顔に怒りや悲しみの表情など露程にも浮かんでいない。
聖女ちゃんなんて顔を手で覆って震えているけど、それ泣き真似ですよね?
側から見てると笑ってるようにも見えるし。
非常に腑に落ちないところはあるけど、「魔王の呪いでこんな姿になった勇者です」と説明した所で彼女達は嬉々としてアタシに襲いかかるだろうなぁ。
聖女ちゃんなら一石二鳥と思うかもしんない。
ちょっと前に聖女ちゃんの雑誌のインタビュー読んだんだけど(アタシはインタビュー経験ゼロですけど!)、猫被りが上手いのよ。
上目遣いの写真と共に『勇者と手を取り合って世界を平和にします』なんて見出しが出てたけど、聖女ちゃんってこっちの手柄はさも自分が立てたように言うし、街で偶然見つけるとこっそり中指立ててくるし。
考えてみた所で仲良く出来そうもない。ここはお引き取り願って、その内にアタシはどこかに逃げないと。
アタシは聖女ちゃん達を一瞥して口を開いた。
「ここから去れ」
いつの間にかハスキーになったアタシの声に合わせて手を払うと、突風が聖女ちゃん達に襲い掛かる。
いや、ホントに帰れの仕草をしただけなんだよ?
攻撃する気ナッシングよ?
その風は盾となったイケメンを吹き飛ばし、イケメン魔法使いの結界を破壊して聖女ちゃんの右肩に一筋の傷を負わして消えていった。
「聖女様! 大丈夫ですか!」
「あぁ、聖女様に傷が。 貴様、楽に死ねると思うなよ!」
えぇっ? なにその過保護っぷり。
ほんのちょっと血が出た程度だよね?
アタシなんてここまでにどれだけ傷を負ってきたか。
吹き飛ばされたイケメン騎士とイケメン剣士がアタシを牽制するように身構え、その背後では最高級の回復魔法を唱えるイケメン僧侶。
だんだんと腹が立って来る。
この差ってなんですか?
顔の差ですか?
人間皆平等は嘘ですか?
怒りに任せて攻撃しようかとも思ったけど、アタシはグッと堪えた。
だって聖女ちゃんパーティ弱すぎるんだもん。
そりゃあ剣技や魔法は派手なんだけど、見掛け倒しなのよ。
よくここまで来れたねと言ってあげたい。
聖女ちゃんパーティの波状攻撃をひょいひょいとかわしながら、アタシは再び口を開いた。
「去らねばここで死ぬことになるぞ」
ちょっと怒りが混じったドスのきいた声に、聖女ちゃん達は明らかに動揺した。
「せ、聖女様、どうしますか? 逃げるなら今です」
「そ、そうね。き、今日の所は見逃してあげる。せいぜい次の勇者が現れるまで震えて待ってなさい!」
号令と共に蜘蛛の子を散らすように逃げていく聖女ちゃん達。
しかも次の勇者って——自分でなんとかする気無いんかい!
まぁ聖女ちゃんらしいって言われればらしいけど。
「あーあ。アタシは何の為に戦ってきたんだろう」
誰も居なくなった部屋で独りごちる。
確かに仲間の無念は果たした。
アタシがこのままひっそりと生きていけば、事実上魔王が消えた世界は平和になるのだろう。
そしてアタシや仲間達の頑張りは誰一人知ることもなく、持て囃されるのは聖女ちゃんパーティ。
なんとも報われない話だ。
この絶望こそが魔王が私に与えた呪いだったのだろう。
「いっそこのまま死んじゃおっかな」
そんなアタシの悲観的な言葉を嘲笑うかのように、バタバタと部屋に入ってくるのはイケメン達。
「魔王様! 大丈夫ですか!」
イケメンっていっても人間とは少し違う姿形をしている。
ツノが生えていたり、耳が尖ってたり。
彼らはいわゆる魔王の眷属、魔族なのだろう。
アタシが戦ってきた時はイケメン魔族なんて1人も遭遇しなかったんですけどね。
彼等イケメン族はアタシを心配してか次々と優しい言葉をかけてくる。
「魔王様、お怪我はありませんか?」
「う、うむ。怪我ひとつない」
何故かそれっぽい口調になってしまうアタシ。
しかし彼らの安堵の表情を見ると、いかに慕われているのかを痛感して嬉しくなってしまう。
だって仕方ないじゃない。
今まで心配されたことなかったんだから。
「ったく魔王はよ。俺がいない時は無理すんなよ。お前の背中を守れるのは俺だけだろ?」
「本当に無事でよかった。神のご加護のおかげですね」
「勇者がここまで攻めてくるなんて、俺様がいないとダメだな。安心しろって、世界の宝である俺様がそばにいてやるから」
妙に聞き慣れたセリフが聞こえると、四天王ポジション的なイケメン族がアタシのそばにやって来た。
いや、アンタら顔は別物だけど中身は剣士に僧侶に魔法使いだよね。
てっきり死んだのかと思ってたけど、みんなイケメンに生まれ変わったみたいで。
「どうする? 人間共を滅ぼして、この世界を俺たちの天国に変えようか?」
物騒なことを言い出すイケメン族達だけど、アタシの心は決まってる。
「よい。放っておけ」
当分アタシは争いごとは結構なので。
それよりも……。
ちょっと聖女ちゃんの気持ちが分かったアタシは、「とりあえずチヤホヤされてみよっかな」と魔王の呪いをしばらく堪能させてもらうことにしようと思う。
お読み頂きありがとうございました。