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「柚衣!橋本先輩に告られたってホント!?」
「……なんで知ってんの……?」
「あの橋本先輩が振られたって話題になってるよ!」
「ほんとになんで?」
橋本先輩というのは、同じ委員会の先輩だ。色々と手伝ってくれることが多かったので不思議に思っていたのだけど、告白されたということは好かれていたからということなんだろう。
「なんか、告白してるところを見ている人がいたんだって」
「ええ……」
普通そんな話広めるかね?橋本先輩だってそんな話広まったら嫌だろうに。
「で、なんで断ったの?」
「え?……好きじゃないから?」
「でも、かっこいいじゃん。橋本先輩」
「それはそうだと思うけど……」
「優しくってかっこよくて面白くて、完璧じゃん」
多分、好みの問題なんだろうな。何というか、キラキラしすぎて苦手なんだよね、あの人。いい人だとは思うんだけど。
「付き合う余裕もないし……私、好きな人いるから」
「それって、名前も知らない人でしょ?……もう、新しい恋に進むべきじゃない?」
「……忘れたら、そうするよ」
「もったいないなあ……」
サクが引っ越してしまったのは、もう2年半も前の話だ。私はサクのことを、今でもずるずると引きずっていた。多分、サクが通っていた高校に入学したことと、あの秘密基地に今でも時々行っていることがその要因だと思う。
好きな人と言ったけれど、男の人として好きなわけじゃない。ただ、あんな手紙を残して去っていってしまったことが、なんというか、悔しくて……次に会えた時にがっかりされないようにしたい。むしろ驚かせてやろうと思っている。だから、私は、勉強も家事もおしゃれもいろんなことを頑張っている。いつ、サクに会ってもいいように。
……そんなことを友達に言ったら、私には好きな人がいるということが定着してしまったのだけど……、こういう時に都合がいいので私も否定していない。
……ああ、基地に行きたくなってきたなあ。今日も、帰りに寄ろうかな。今日は委員会があるから、その後だけど。……ちょっと行きにくいなあ、委員会……。
………
……
…
「普通、振られてるの見たからって、広めたりする?それが学校の有名人だったからってさあ……」
なんとなく、ここで愚痴をこぼすと軽口が帰ってくるような気がして、口が良く動いてしまう。当然、返事が返ってくることはないんだけど。
「……告白されたよ。人生で2回目だよ、告白されたの」
1回目は、ここで、最後にサクと話した時。
「サクに言われたほうが嬉しかったかな。……友達として、だったけど」
……こんなこと、本人がいたら言えないけどね。……あー、噂がもっと広まってったら、嫌だなあ……。
~~~
昨日から夏休みになっている。
「夏休み、何しようかなあ……」
友達と遊ぶ予定とかは入っているけど、部活に入っていないせいで、少し暇になってしまっている。忙しくなって色々と余裕がなくなってしまうと思ったから、部活には入らないと決めたけれど、休みの期間はどうしても暇になってしまう。
……暇だし、ちょっと基地に行ってこようかなあ……。夏休みだし、もしかしたらサクが来ているかもしれない。
そんな淡い希望を抱いて、私は服を着替え始めた。
………
……
…
「まあ、いないよねえ……」
はあ、と軽いため息が出てしまう。去年も同じようなことをした気がするなあ……。
――ガサッ
「!」
基地に入って一言漏らすと、後ろから音が聞こえてきた。
えっ、だれ?……もしかして、サク?
「えっ……もしかして、柚衣ちゃん?」
「……、……あ、アズちゃん……?」
「そうだよ~!久しぶり!」
「久しぶりー!」
「あとで家に行ってみようと思ってたんだよ。まさかここで会えるなんて~。柚衣ちゃん、すっごい美人になった~」
「えー、そう?ありがとう。アズちゃんもかわいくなったよ」
「ありがとう!」
居たのは、一緒にこの基地を作った友達のアズちゃん……梓ちゃんだった。
「えっと、……座る?」
「うん!」
そうして、定位置だった場所に、アズちゃんが座る。そして、私も後に続いて自分の定位置に腰を下ろした。
「懐かしいなあ……。なんか、こんなに狭かったっけってなるね」
「そう言われると、作ったときはすごく大きく作ったつもりだったね」
「あの時は、やんちゃだったね~、お互い」
この場所に二人で座ると、口が良く動く気がする。もう6年くらいあっていなかったのに、気まずいということもない。
ただ……その場所にいるのが、アズちゃんであることに少し違和感を覚えてしまった。
………
……
…
「そう言えば、ここ、思ってたより綺麗だね。もっと荒れてると思ってたよ」
しばらく話していると、アズちゃんがそんなことを言ってきた。
「ああ、私が今もたまにここに来てるからかな?」
「へ、へえ~……」
アズちゃんは何とも言えない表情で、ぎこちない相槌を打つ。
「……ぼっちとかじゃないからね」
「えっ、いや、そ、そんなこと思ってないよ?」
「ほんとに?」
「ほ、ほんとほんと!」
少し焦ったような反応を見るに、ちょっと思ってたな。
「……でも、ここで何してるの?思い出の場所だけど、何にもないでしょ?」
「あー……、えっと……、落ち着くからって言うのと、……ある人をね、待ってるの」
ここに来ると口が回ると思っていたけど、口が軽くもなっているらしく、特に何も考えずにそんなことを言ってしまった。
「え、何々?何それどういうこと?」
「……中2の時なんだけど――」
………
……
…
「はえぇ……、そんなことが……」
「うん。だからね、次会ったときに驚かせてやろうと思って、色々頑張ってるんだよ」
「絶対驚くよ!柚衣ちゃんかわいいもん」
「だったら嬉しいけど……」
サムズアップをしてアズちゃんが笑う。
そして、アズちゃんは手を下げると、空を見あげる。
「でも、2年半かあ……柚衣ちゃん、その人のこと大好きだったんだねえ……」
「え……いや、別にそんなんじゃないよ」
「え?」
……いや、そんなに目を見開かれても……。
「その人と、次に会ったときに驚かせたいから色々頑張ってるって言ってたよね?」
「うん」
「その人に会いたいから、ここに来てるんでしょ?」
「いや、それは、まあ一応そうだけど……」
「……好きなんじゃないの?」
「……違う」
「……そっか~」
私を見ながらアズちゃんはふふっと笑う。
「あ、じゃあさ、ここに携帯電話の番号入れとけば、そのサクって人が来たときに電話かけてくれるんじゃない?」
「あー、なるほど……でも、危なくない?」
「携帯の番号くらい大丈夫じゃない?こんなところにある箱の中の手紙なんて普通は見つからないだろうし、もし何かあったら番号変えればいいでしょ?」
「うーん……」
確かに、そうすればサクが来たのに会えない、なんてことになる可能性は低くなる。……そう考えると、すごく良い案に思えてきた。
「……そうしてみようかな」
「うん。わたし、ナイスアイデア!」
「ナイスアイデアだね。じゃあ、今度入れておこうかな」
………
……
…
「じゃあ、後でまた連絡するから~」
「うん。またね」
「またね~」
連絡先を交換したので、これからは気軽に連絡できる。こうしてあの秘密基地で友達と再会できたことで、サクともまた会うことができるような気がしてきた。
……うん。また、明日から頑張ろう!