ある魔界での出来事
悪魔ベルフェゴールは思った「幸せな結婚など果たして存在するのだろうか」と。そして、その結論は、「そんなものは存在しない」であった。
魔界。それは、人類たちが認知する物質世界の裏側に位置し、精神的な法則の優先される異界である。人類たちの負の感情の掃き溜めでもあるそこには、それを糧とする生命体が誕生するのは、果たしてどのような軌跡であったかを知る由はない。しかして、人の言語で表すならば「悪魔」と呼ぶべきそれらは実在していた。
どす黒い沼地にて、鈍重な体を沈めるベヒーモスは夢現であった意識を浮上させる。ただそれだけで重圧を伴うにもかかわらず、いかなる妖精のいたずらか愛嬌のあるつぶらな瞳が空を射抜いた。
遥か彼方の宙より見下ろすそれは、ベヒーモスにとって対となる悪魔である。
宙という大海にあってなお、その長大さを見劣りさせることのない巨躯を誇る威容溢るるその悪魔の名は、レヴィアタン。聖典において神の生み出した終末の糧食たる海の化身である。
「今日こそは、我が願い聞き入れてもらうぞ!ベヒーモス!」
まるで時化の雷鳴のような発声が、遥か宙よりもたらされる。
「……」
対するベヒーモスからの返答はない。気まぐれな海の化身であるレヴィアタンに対して彼は穏やかにして苛烈、峻厳にしておおらかな大地の化身。その言動は、緩慢である。しかし、性急なレヴィアタンは、ベヒーモスのその性質を知りながらも待つなどということはできない。
「さぁ、逸物をおっ勃てろ!我との仔を生せ!」
そう言うと、情緒もへったくれも無くレヴィアタンは、ベヒーモスに向かって襲い掛かった。
しかし、当のベヒーモスは身じろぎ一つしない。
「我の何が不満だと言うかぁ!」
レヴィアタンの悲痛にして理不尽な轟雷がベヒーモスの肉体を貫いた。
「あぁ!?また、やってしまった!すまない!すまない、ベヒーモス!そんなつもりなどなかったんだ!」
どこぞのDV野郎のようなセリフを宣いながら、レヴィアタンは発情した蛇のようにベヒーモスの体に絡みついた。
しかし、ベヒーモスに何ら痛痒は無く、それどころかまだレヴィアタンの最初の発言への返答を考えていた。
それを草葉の陰から覗いていたのは、何を隠そうベルフェゴールであったのだ。