第40話 『すれ違う二人』 ①
その日、私とアイザイア様、二人とも虫の居所が悪かったのかもしれません。いつもならば、気にもしないようなことで、私たちは言い争いをしてしまっていた。いいえ、気にしないようなことではなかったのかもしれません。いつも、気にしていたこと。それが……本日、爆発してしまった。
「なんでモニカは分からないのかなぁ? これが分からないぐらい、愚かではなかったでしょう?」
「……アイザイア様だって、ご自分のことを棚に上げておいて、どうして私を責めることが出来るのですか? 元はと言えば、アイザイア様がレノーレ様と頻繁にお会いになっているから、こうなっているんですわ!」
売り言葉に買い言葉。私たちの口から次から次へと出てくる言葉は、相手を責める言葉ばかり。確かに、アイザイア様がレノーレ様と頻繁にお会いしていなければ、私はこんなにも苛立つことはなかったのでしょう。その点では、私は正しいと思っています。ですが、今口から出ている言葉は……とてもではないが、正しいとは思えません。品があるとか、品がないとか。そう言う問題ではありません。それ以前に……人を一方的に責めるということは、ダメなのです。
でも、後には引けなかった。今までたまりにたまっていた不満が、溢れ出てきてしまったから。不満というものは、時々解消しなくてはならないものです。ですが、最近の私はずっと悩んでばかりだった。だからこそ……不満が今、爆発してしまったのでしょう。
私たちの様子を、使用人たちが怯えたように見つめてきます。それに、心が痛むものの引けなかった。それは、きっと私の強情なプライドの所為。もっと、可愛げのあるプライドの持ち主だったならば。そう思いますが、時すでに遅し、です。
「……俺はね、モニカのために動いているんだよ? なのに、なんでわからないかなぁ」
「レノーレ様とお会いしているのが私の為? ふざけないでくださいよ!」
近くの壁を、私は思いっきりたたいてしまう。手がひりひりと痛いけれど、それよりもずっと心の方が痛かった。だって、ご自分の心変わりを私の所為にされているようだったから。確かに、私がアイザイア様のお心を繋ぎ留められなかったのは、悪かったかもしれません。でも、それとこれとはお話が別。私は……アイザイア様のことが、好きなのにっ!
「……もういいよ。今のモニカとは、話していても時間が無駄だ。悪いけれど、俺、この後ジャスパーと話し合いがあるんだ。だから……今日のところは、これで終わり」
アイザイア様は、そんなことをおっしゃると踵を返してどこかに去って行かれた。最後に、ルーサーさんが私の方を見て、軽く一礼をする。……何なのだろうか。なんでなのだろうか。
「モニカ様。少しでも良いので、冷静になってくださいませ」
「……えぇ、分かっているわ」
そんな時、ヴィニーが私の態度を宥めるように、そんなことを言ってくれる。どうやら、ヴィニー以外の使用人たちは私のことが怖かったらしく、少しばかり離れたところにいた。……ヴィニーには、迷惑をかけているわね。それは、分かっていた。それでも……引けなかったのだ。
「……モニカ様。確かに、モニカ様の言い分も分かりますよ。ですが、今のは言い過ぎです。最近、ストレスが溜まっているようですが……それでも、アイザイア様に八つ当たりして良いことではありません」
「……わかっているわ。わかっているのよ。それでも、やめられないんだから、仕方がないじゃない」
一度蓋が外れてしまったら、あとは溢れてしまうのを待つことしか出来ない。今の私は、そんな状況でした。アイザイア様に八つ当たりするのは、良くないと分かっている。それでも、ストレスの原因の大半がアイザイア様なのだから、仕方がないじゃない。そう思って、私は自らの行動を正当化しようとしていた。……心の奥底では、分かっていたのに。どっちもどっちだって、分かっていたのに。
「モニカ様。とりあえず、お部屋に戻りましょう。午後からの予定はすべてキャンセルをして、心を落ち着かせてください。……今のモニカ様に、次期王妃という役割は務まりません」
ヴィニーは厳しい表情でそんなことを言ってくる。そして、侍女の一人に私の午後からの予定を全てキャンセルするように伝えてほしい、と伝えていた。その侍女は、慌てて立ち去っていく。きっと、王宮の執事の元に行くのだろう。……あぁ、なんだか、バカみたい。
(自分の感情をコントロールできないなんて……子供じゃない)
あんなに、大人になろうと頑張っていたのに。なのに、今の私はまるで駄々をこね続ける子供だ。こんなのでは、なかったのに。私が憧れる大人の女性像は……こんなものじゃ、なかったのに。なのに、なのに……。
(身体ばっかりが成長して、心が成長できていないのよね、きっと)
見た目だけが成長して、年齢だけを重ねて。なのに、精神年齢は全く成長していなくて。
きっと、そう言うことなのだろう。そんなことを、私は思っていた。
本当に……ヴィニーの、言う通りだ。
今の私に、アイザイア様のお隣に並ぶという資格は、ない。次期王妃には……なれない。
そんなことを、思ってしまった。




