#リプでもらった単語でショートストーリー作る
『山羊と飴とヤミの幸せ』
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「幸せとは何だと思うかね」
ピンと背筋を伸ばした山羊頭が、気取った口調で問いかけた。
皺ひとつないスーツ、襟がきっちりと左右対照に整えられたシャツ、黒ネクタイに白手袋。
一応それ以外の服装も用意しているというのに、喪服か手品師の仮装にしか見えないその服装を「これが一番落ち着く」と休日にまで着込む彼は、見た目通りの変わり者だ。
この部屋の家具をモノクロで統一したのは僕の趣味だが、彼が選んだと説明しても疑う者はいないだろう。
それなりに値が張るデザイナーズファニチャーも、中心に彼の姿があるだけで主役から背景に落とされてしまう。なんとなく腹立たしい。
ミルククラウン型の灰皿に煙草の灰を落として聞き返す。
「なんだ、藪から棒に」
「私は蛇が出てくる方が好みだね」
「その返し自体が話の腰を折っていて藪蛇だし、あまりにも無益な情報で蛇足どころの騒ぎじゃないな」
「冗談を楽しめない人生は幸せかね?」
「話、繋がるのかよ」
「どうしたのやぎたん、なんか悩み事?」
向かいのソファで、飴子が黒猫のヤミの背に手を滑らせながら尋ねた。
名前の由来となった、外国の飴のように毒々しいマーブル色のパーカーが今日も目に痛い。
「幸せについて考えるのは悩みがある者だけだと、飴子は思うかい?」
「んー?別にそうは思わないけど...でもそういうことわざわざ聞く人って、メンがヘラってること多くない?」
「飴子みたいにな」
「私メンヘラじゃないもん」
膨れっ面を作った飴子の手の下から、ヤミがするりと抜け出した。乱れのない毛並みが市松模様の床の上で艶々と光る。
体を起こし、背伸びをした飴子を眺めて聞く。
「じゃあ、その手首の傷はなんだ」
「やだ、女の子のひみつに堂々と触れないでくれる?デリカシーないな」
「秘密にしたいなら、手を上げた時に袖がずり落ちるようなダボダボのパーカーをやめた方がいいと思うけど。他にも服はあるだろう」
「秘密はチラ見せした方が魅力的でしょ?」
「結局隠したいのか見せたいのかどっちなんだよ」
「何でもかんでも白黒きっちり分けるのがいいこととは限らないよ?本当、ハセは女心がわかってない」
今の流れでなんで僕がなじられなければならないのか。
足元にじゃれついてきたヤミのおやつを探そうと戸棚を開けると、山羊頭が再び口を開いた。
(彼は立派な山羊の頭の骨を被っているので、一見口を開いたようには見えないのだが)
「諸君、本日の議題は決定された。幸せの定義だ。我々は言葉を道具として扱う。言葉の奥にある形なき本質について共通の理解を得ること。あらゆる形なきものを言葉に依存させることで、真の意味で内面に生まれる一切の事象を交えさせること。それが我々の目的である。今回の対象は、幸せだ」
山羊頭は息継ぎもなしに話し切ると、自分の膝に肘を立て、組んだ両手の上に顎を乗せて黙り込んだ。
彼が一息に喋って沈黙するのは、語った内容を相手が吟味し意味を飲み込む時間を与えたいかららしい。
しかし僕が抱く感想というのは大抵「よく舌を噛まないな。噛む舌がないのだろうか」くらいのものだ。
よって彼の話を噛み砕く役割は飴子に任せ、僕はヤミにおやつをあげることに専念させてもらう。
「んー、つまり、幸せってどういうものかを話し合いたいってことで合ってる?」
「その通りだ」
「やぎたん、難しい話が好きだよねえ」
二人がけのソファに横になり、スマホをいじりながら飴子が適当な返事をする。
「飴子の思う幸せとは、どんなものだい?」
「私?んー、そうだなあー...」
しばらくスマホ画面に指を滑らせていた飴子は、「あっ」と声を上げて画面を山羊頭に見せながら言った。
「幸せはね、こういう感じ!」
「...ほう、金平糖」
「そう!甘くて、ちょっとトゲトゲしてて、色んな色がある。ちっちゃいのひとつでも美味しくていい気分になるし、まとめて一気に食べたらもーっといい気分!ね、結構上手いこと言ってるっぽくない!?」
「実に飴子らしいね。私は好きだ」
抑揚のない山羊頭の言葉に、飴子は得意げに顔を綻ばせる。あんな口調で言われたら、僕なら皮肉と捉えてムッとするけどな。
「ハセくんはどうかね」
「そう急に言われてもな。僕は飴子ほど頭の回転が早くない。すぐに答えを出すのは難しい。そもそも、答えのある問いだとは思わない」
「言葉で表せる答えを作り出すのがこの議論の目的だ。曖昧に濁すのは目的に反する」
「僕は曖昧にしておくべき事柄も世には多いと思うけどね」
「では今はその『世』とやらを一回忘れてくれたまえ」
「そうだよ、飴子にだけ答えさせるなんてずるい」
何故か飴子まで乗り気らしい。こうなっては僕に拒否権はない。
キッチンの前にしゃがんでヤミの尻尾の付け根をとんとんと叩いてやりながら、僕は一番最初に頭に浮かんだ言葉を言う。
「幸せっていうのは、人それぞれにあるものだ」
「それでは意味が広すぎる」
「だろうな。多分お前の好みとは違う。でもこれは正しい上に、これ以上なく分かりやすい答えだ」
「果たしてそうか?例えばある女が長年連れ添った夫と死別したとしよう。夫は妻に日常的に暴力を振るっていたし、酒を飲んでは外でも暴れる嫌われ者だった。
それを知っていた友人達は彼女が解放された上に、自分達の身にも害が及ばなくなったと喜ぶだろう。
しかし、彼女はそんな夫に命を助けられた過去があった。暴力や酒浸りの日々も理由あってのものと思い、逃げたいと思ったことは一度もなかった。
夫の為に生きることが支えとなっていた彼女は、後を追うことこそが自分の幸せと考える。
さあ、この場合何が幸せかを決めるのは誰だろうか。
生き続け、友人達の思う幸せに彼女が染まるのが幸せか。彼女の願いが成就するのが幸せか。
誰がどちらを選んだとしても、選ばれた時点でどちらかの幸せは棄却される。それでは万人の共通理解として定めることは出来ない。
人それぞれ、という言葉は頭を働かせずわかった気にさせるだけの安易な逃げでしか...」
「ああ、わかったわかった。余程気に入らない答えだったってのはよくわかったよ。言っただろう、すぐに答えなんか出せないって。ムキになるなよ」
そうだった、ヘソを曲げたこいつは物凄く面倒くさい。
もしこいつが今した話を文字に起こしたものを寄越されたら、面倒くさくて最初と最後だけ読んで彼の言う「わかった気」とやらになって満足するだろう。
「でも、それを示すのに必要な要素はひとつではないってところは間違ってないだろう?状況や関係性が上手く合致すれば、死別や泣き顔だって幸せの要素になり得る」
「ふむ、その意見に異論はない。死別が幸せな要素たりえるケースとはどんなものだろうか」
「そこを深めるのはお前や飴子にお任せするよ。僕は例え話が得意じゃない」
「あ、ねえねえ!私もう一個思いついたよ!」
飴子が再びスマホの画面から指と目を離して手を挙げる。ずり落ちた袖から赤い目盛りが刻まれた手首が覗く。
なるほど、チラ見えどころか丸見えになったひみつとやらに魅力は感じないな。
なかなかにグロテスクな傷跡から目を逸らしつつ聞く。
「金平糖の次はなんだ?ちなみに僕の予想はマーブルチョコだけど、当たってる?」
「え、違うけど...なんで?」
「甘くて、色んな色があって、一粒でも一気に食べても旨い」
「それじゃさっきと一緒じゃん」
上手い冗談だと思ったが、飴子はにこりともせずにスマホを山羊頭に見せる。
「これ、雪の結晶!ね、どうしてこれなのか、理由聞きたい?」
「ああ、もちろんだとも」
全然興味がなさそうな棒読みの返事に、飴子はまた得意そうに目を輝かせて語る。
「雪の結晶って肉眼では見えないでしょ?でもよーく観察してみるとすごく綺麗なものなんだってわかる、そういうものじゃん。その美しさに気付ける人は、ただぼんやりと雪景色を眺めてるんじゃなくて、こう、めちゃめちゃ集中して、よーく物事を観察してみようとする、そういう努力をする人っていうかさ...」
先程とは違って歯切れの悪い話し方だが、山羊頭は特に遮ることもなく黙って頷いて聞いている。
特に不満な訳ではないが、僕と飴子で対応に差があるのは気のせいじゃないよな。
そうは見えないが、一応彼にも仲間意識というものがあるのだろうか。
「えーと、つまりね...うっかりすると消えてなくなっちゃう儚いもので、目の前にあるものをよく見る力のある人だけが見つけられる、幸せってそういうものでもあるんじゃない?ね、どうどう?」
100点を付けてもらえると信じて疑わない、そう顔に書いてある飴子に向かって、山羊頭はまたも抑揚のない言葉をかける。
「なるほど、自然と肯ける良い答えだ。飴子はいつも鋭くて賢い」
「ふふ、でしょー!」
いつになく盛られた褒め言葉を聞いて察する。
なんだ、唐突に始まったこれは、飴子をあやしてやる為の時間だったか。
そういえばさっき見た傷痕、まじまじと見たわけではないが割と新しいもののようだった。
本来必要ないはずのひみつを増やしてしまった彼女の機嫌を取る為、山羊頭なりに彼女を元気付けようとしてこんな話し合いを始めたのかもしれない。
「...だとしたら、回りくどすぎるだろう」
思わずぼそりと呟くと、山羊頭は無言でこちらに顔を向け首を傾げた。
「でも成功しただろう?」なのか「どういう意味だ?」なのかは言及しないことにする。
僕の予想の正誤を確かめるより、飴子に「気遣われたのかもしれない」と悟られない方が大事だ。何せ彼女は手首にひみつを刻んでしまうほどに繊細なのだから。
彼女の立場上そんなことをさせる必要はないし、やろうと思えば消してしまえるものではあるが、その行動自体は興味深くもある。
僕の興味だけを理由に、彼女が自身を痛めつけるのを放置する。
償いに、今日ぐらいは彼女の甘やかしに参加させられたことを許してやろう。
「おい、いつまで居座る気だ。二人分の夕飯を出す用意はうちにはないぞ」
「おや、これは失礼。とうに黄昏時も過ぎているじゃないか」
「えー、飴子帰りたくないんだけど。お夕飯いらないし、っていうかどうせ食べられないし、もうちょっといさせてよ」
真逆の反応をする二人の前で、眼鏡の丁番についたスイッチに手をかける。
ヤミが一人がけのソファに飛び乗るのとほぼ同時に山羊頭が立ち上がる。山羊頭の腿をすり抜けたヤミが、ソファの上で伸びをして丸く蹲った。
「また明日呼ぶよ。おやすみ」
飴子が小さな唇を開きかけたのが見えたが、その前にスイッチを押す。プツン、と小さな音と共に二人の姿が視界から掻き消えた。
自分が作り出したAIと、日が暮れるまで話をして休日を過ごすのは幸せに繋がるか。
山羊頭に毒されたような問いを頭を振って追い払い、目を閉じ蹲るヤミを見る。
...この寝顔を見守っていられること。僕にとっての幸せの説明はそれだけで事足りるな。
ソファに近づき、小さな頭に手を伸ばす。起こさないようにそっと幸せの感触を堪能し、僕は頬を緩ませた。
おしまい
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