6-6.あの日の配信の向こう側2
敵が消えていく。
ボロボロと崩れた先で、写真風イラストが俺達の手元に落ちてきた。
「悪夢の奥底で守ってた、特別な思い出、ってやつかね」
配信が自動オフになっている。配信禁止区画か。
「トラキチ」
「なんだ、クソ野郎、礼なら言わんぞ」
「お前、いつまでそんな事してるんだよ」
ずっと言いたかった。だけど周囲の目もあって言えなかった。今ここなら誰にも咎められないだろう。
「勘弁してくれよ。周りに暴言吐きまくって、萎縮させて、そこら中に迷惑かけて、挙句の果てが格下ソードマンをサンドバッグ扱いか?」
「お前にゃ関係ねえだろうが!」
「あるだろうが!ふざけんな!!!」
声を荒げたのは、いつぶりか。
「ふざけんなよお前!格下狩って悦に浸って、それがお前のやることかよ!?違うだろ!?違うって信じさせてくれよ!!お前は、」
悲鳴に似た声が喉から溢れる。
「お前は唯一、俺が勝てないって諦めたファイターなんだぞ!?!?」
1on1大会で、第1試合のトラキチを見た。
変幻自在な武器の持ち替え。設定画面から持ち替えているとしたら視界の3割は装備画面で埋まっているはずだが、それを思わせない軽やかで迷いのない力強い動き。自信に満ちた獰猛な笑顔に魅入られる。
複数種類の武器使用を前提としたスキル回しは完全に研究外のことで、とてもではないが今からスキル欄とにらめっこをしてなんとかなる部類ではなかった。
勝てない。
脳内で試合を組み立て、手持ちの武装をすべて引っ張り出した結果の結論だった。
冷や汗をかきながら装備を次々変える俺に、ロイドがただ事ではないと話を聞いてくれて。
あの第1試合の相手と、決勝で当たる。現状絶対に勝てないと言ったら、一緒になって悩んでくれた。
Wikiからありとあらゆる情報を引っ張ってきて、結局のところすべての攻撃をジャスガするしか選択肢がないとなって、突貫で大盾を作った。
俺自身は試合があったから、ギルメンが大慌てでアイテム収集に駆け回ってくれた。
そうして迎えたトラキチとの試合。
使い慣れない大盾で、一度でも間違えれば確実に負けるという薄氷の上での試合は――
「どうしてあのままでいてくれなかったんだ!どうして憧れのまま強くあってくれなかったんだ!どうして、」
「どうして、最強のままでいてくれなかったんだよ!!!!」
トラキチがたじろぐ。その胸ぐらをしっかりと掴んで。
「あの試合」
「……」
「俺は、死ぬほど楽しかったんだ」
「…………」
「お前は、違ったのかよ」
試合の後、ストイックに強さを求め始めたと聞いた時は、純粋に流石だと思った。
その後の悪評が轟いた時、多分俺は、
「今みたいなお前とし合っても、あの時みたいに楽しめねえだろ……」
多分俺は、寂しかったんだ。
「お前さ」
長い沈黙の後。
「ギルマス向いてねえよ」
トラキチの胸ぐらを手放してそう言った。
「……まあ、自分でも向いてるとは思ってねえが」
「周り、ちゃんと見てるか?サポメンとはいえ一緒にアタックするチームメンバーがあんな顔じゃ、勝てるものも勝てねーだろ」
「…………」
「サポメンが必要なら、ウチに来いよ」
「は?」
「周りの説得はまあ、なんとかするから」
「何言ってんだてめえ。頭腐ったか?」
「お前が自分でギルドのトップにいたんじゃ、誰もお前を止められねーだろ」
「それがお前になんの得があんだよ」
「お前が、帰ってきてくれる」
「……」
「ゲームを楽しみたいんだ。それだけだよ」
「うるせえやろうだな」
「かもな」
運営からメッセージが届く。初回クリアに関するいつもの質問が来ているようだ。
情報の公開に関し、「トラ小屋パーティが公開を選択した場合のみ公開可」という注釈を付けた。
「考えといてくれよ。俺さ、またお前と楽しい試合したい」
「…………次は俺様が勝つから、楽しくねえかもしれねえぞ」
「それでも楽しいさ、多分ね」
今俺は上手く笑えているだろうか。
それだけは少し、自信がない。
「じゃ、ロイドが待ってるっぽいからもう行くわ」
「そうか」
「さっきの件、本気だ。考えといてくれ。じゃあな」
返事は待たずに転送フィールドに入る。
世界が揺れて、グレンポートの転送エリアに飛んだ。




