30-8.紅茶こそ至高
「リーダーさん、私はね」
ワークスペース内、目の前に座った女性は、にこにこと笑顔でこちらを見た。
「魔王おるくんですら取り込もうとする、マネージャーが本気でPvP大会に出ても許される。そういうなんでもやっちゃうベンチャー気質なゼロプロが好きだったんですよ」
「それで常務が変わった"瞬間に"やめたってのも、また極端ですね」
「そういう方だと分かっていましたから。古巣に一応義理立ても必要かと思いまして、一年程度は無所属でいようと思っていましたので、そうすると辞めるのは早ければ早いほど良かったんですよ」
「方向転換もなんもなかったらどうするつもりだったんです?」
「でも、実際そうだったでしょう?情報収集力は私の強みの一つですよ。いかがですか?」
強くてしたたかな人だ。
「この一年弱は、企画サポートですか」
「ええ、個人勢の方が少し大きいイベントをするのに、慣れているサポーターがほしいということで。イベントが終わるまでの取り回しで半年ちょっと」
「引き止められませんでした?」
「ご内密にお願いしますね。泣かれるほど引き止められました」
だろうな。
だけどまあ、彼女の希望としてはもう少し手の広い方が楽しいらしい。はちゃめちゃやるなら個人の方がいいんだけど、はちゃめちゃやってる企業が好きって人は結構いるからな。
そしてウチは、自分で言うのも何だけどはちゃめちゃやっている自覚はある。
「うちはよその配信事務所とかなり違うよ。マネージャーに出演サポート以外の、実際の出演もおそらくしてもらう」
「分かってますよ。というか私、おるくんのチャンネルにはすでに出てますし」
「そうだけどさ」
「お手当の方は、期待してますね?」
本当に、強くてしたたかな人だ。
まあ、渡りに船とはこういうことを言うんだろうな。
「よろしく、根室さん」
「どうぞいつも通り、紅茶と」
紅茶こそ至高こと、元ゼロプロダクション社員、おるの初代マネージャー根室さんは、にこりと笑って手を差し出した。
「よ、紅茶どうだった?」
根室さんへの法的な手続きの色々をロイに放り投げて会議室を移動すると、おるが待っていた。
「ん、給与とかの条件に問題なければ決まり」
「さよか。よかったよかった」
「……おるが呼んだわけじゃねーんだよな?」
「違うよ?『何か面白そうなことをするんでしょう?呼んでくれないんですか?』って向こうから聞かれた」
「すげえ嗅覚。まだおるの卒業すら未発表なのに」
「そーなのよ」
ベンチャー好きにたまーにいるんだよな。大企業行けばその能力もっと使えるよみたいな人。
まあ、本人の好みの問題だから仕方ないんだろうけど。
「おる、相談なんだけど」
「あいよ」
「ティザームービーの公開日を変更したい」
「……ほう?」
突然の予定変更に、おるが首をかしげた。
「第一動画の公開を、3月1日、大会直前に入れ込む」
「俺は構わないけど、いける?」
「いけるいける。むしろ大会直前2日はコラボとかの予定は入れてないから、行くならそこ」
告知動画の第一弾。「俺達サザンクロスが配信事務所になります」の部分だけの告知。このティザームービーは、現在のサザンクロスチャンネルではなく、新しく開設する事務所中央チャンネルでの最初の動画になる。
おるの存在はまだ明かさない。それどころか俺とロイド以外のメンバーはシルエットのみだ。
元々の公開日は大会直後を予定していた。
「一応理由聞いていい?」
「あー……その……」
一瞬言い淀むと、おるはふーんと意味ありげな声を上げた。
「セリスちゃん関連?」
「まあ……うん」
「最速で酒を飲める日は明後日かー?」
「酒飲む必要ねーだろ」
「シラフで話せるなら別にいいけど?じゃあほらはきはき吐け?」
「まあ、その……ちょっと話して、今待ってもらってる。最速で返事出せんのが大会直後で、家の都合でこっちの事業が動いてないとちょっと危ない」
「へー」
「んだよ……」
「へ~~~~~~~~~」
「なに、ほんとに……」
「べぇ〜〜つぅ〜〜〜にぃ〜〜〜〜?」
じゃあとりあえず足を踏もうとするのをやめろ。VRでもちょっと痛いんだから。
「どーすんの、ペアチャンネルとか作る?」
「いや、そういうのは当面なしかな」
「なんで?」
「……俺が彼女を好きなのと、彼女が俺を思ってくれてるのは、少し質というか、状況が違うんだよ」
「どこがぁ?」
「俺はさ、まあまあ色んな人と会ってきたよ。いいと思う人もいたし、死ぬほど苦手だ二度と会いたくないって思うような人もいた。未成年者登記が外れて正式に独り立ちして9年で、ロイと起業して5年…そろそろ6年か。ここまで一人に惹かれたことはない、彼女は特別だってちゃんと思ってる」
「急に惚気始まったな」
「お前が聞いたんだろ……。でも彼女はさ、これから大学生なんだよ。色んな人にこれから出会う。大学でも配信でも、男と出会う確率はぐんと上がる。カップルチャンネルみたいなの立ち上げちゃったら、逃げられないだろ」
「へえ?」
「俺が絶対に逃がさないって思ってるのと、彼女が逃げられない状況で周りを囲っちまうのは、違うんだよ」
彼女の周りにそういう目的で男が近づく。想像しただけで腹の底が煮えそうなくらい不快だけれど、俺は縋る側であって、決定権は常に彼女に持ってもらわなければいけない。
そうでなければ、多分俺はどこまでも彼女を縛ってしまうから。
「じゃあ、匂わせくらいにしとく感じ?」
「付き合ってること自体は、少し時期は見るけど公言していいと思ってる。だけどそれを売りにはしない」
「あいよ、了解」
「悪いな」
「何が?」
「売りにしたほうがカネにはなるから」
「別に無理にしなくていいっしょ。そういうのはニングラにやらせとけ」
出資者になるから、会社の経営にかかる部分についておるにも口を出す権利があるんだけど。でもこいつはそういうところは気にしないようだ。
そんでもってあの二人はあの二人で、焦ってオフショット大放出とかしないように釘を刺さないとなんだよな。グライドはともかく、ニンカはどうも数字を気にしすぎている雰囲気がある。
「じゃあティザームービーの件、近々内部鑑賞会やるから」
「あいよ、行けたら行くわ」
これは社交辞令ではなく本当に時間の都合がついたら来るという意味だ。
こいつの忙しさの一端はこの義理堅さよな。
「日程決まったら連絡する」
「おう、よろ〜。じゃあ俺は紅茶も引き渡したし落ちるわ」
「あいよ、さんきゅーな」
おるはさくっとログアウトして、後には俺だけが残った。
「はー」
息を吐いて、ぺしぺしと頬を叩く。
「ぜっっったい顔赤かった……」
確かにこの手の話をするときは酒を入れたほうがいいのかもしれないと、うっすら思った。




