30-1.つけっぱなしのストラップ
30章は話ごとに文字数にばらつきがあります。
2月1日木曜日。その日の空はよく晴れていた。
駅でニンカさんと合流して、おしゃべりをしながら移動する。グライドさんは就職先の直前インターンというものに出かけているので別日らしい。残念だ。
「びっくり箱にさー」
「ええ」
「今日の道を一応聞いたんだけど」
「ああ、はい」
「『がーっと行ってしゅっと入るだけやから、まあ迷わんやろ』、だって」
「がー……しゅ?えっと……えーと……」
手元のマップアプリを確認。ああ、なるほど。
「大通り沿いにまっすぐ行って、少し斜めに入ります、って意味ですね」
「セリスはトラキチの擬音祭りが解読できるんだった……」
「マップ見たらわかりますが、という程度ですねぇ」
そんな話をしつつ着いた先はボイストレーニングの個人レッスンをしているスタジオだ。
姿勢の良いきれいな女性のトレーナーさんが、にこにこと対応してくれた。
「滑舌を良く、聞き取りやすく喋る為に大切なことは、姿勢と口の動きです。音は前に進みますので、姿勢が悪く前のめりになっていると声の通りはわるくなります。唇をあまり開かずにもごもごと喋ると、大きな声を出しても聞き取りにくくなってしまいます。正しい姿勢、きちんとした口の動き、そして喉の負担になりにくい発声方法。喋る仕事をする上で大切なこの三つの基礎を、これから三回のレッスンでやっていきます」
ハキハキと聞き取りやすい声。優しそうなトレーナーさんでよかった。
1時間後。頬にも筋肉があるんだなと再認識しました。
「明日ほっぺが筋肉痛になる気がする……」
「わかります、あと腹筋が痛いです……」
腹筋が攣らなくてよかったと心から思いながら頬を揉みほぐしつつスタジオを出て、ランチをどうしようかと思ったときにニンカさんに提案されたのはカラオケボックスだった。
「簡易防音の個室で、テーブル寄せれば車椅子も入れるし、カラオケのランチ結構おいしい。あと平日昼は空いてる」
「なるほど」
カラオケでご飯を頼もうと思った経験がないので知らなかった。いやまあ、カラオケに行った経験がそもそも片手で数え切れるくらいなのですけどね。
家族で来たときにフライドポテトを頼んだ記憶はあるけれど……ああ、へー、普通にパスタランチセットみたいなものもあるんですね。
「そんでそんで?」
届いたパスタセットをつつきつつ、ニンカさんが言った。
「ずーーーーーっと聞きたかったんだけどさあ!そ、れ!どーしたのよ」
「はい?」
「それだよ、それ」
カバン?……あ。
「シーサーじゃん!自分で買ったんじゃないでしょ!?」
「いや、えっと、え……っと、ですね」
「それリーダーから!?リーダーからだよね!?」
「えっと…………は、はい」
「そ~~~~~いうの!教えてよお!」
「いや、だって、その、ニンカさん試験期間でしたし、ちょっとタイミングをのがして……」
「おーしーえーろーよー!!!!!」
思ってたのの2倍くらいグイグイ来る。
まあ私が逆の立場だったら聞きたいとは思う。最近つけっぱなしだったから忘れていた、外しておけばよかったかな。
「おみやげのお菓子といっしょに送られて来ました。あの、ニンカさんには……」
「来てるわけないじゃん」
「……そう、ですか」
座席に置いたカバンを引き寄せる。ピンクと青の二色のシーサーストラップがころりと揺れた。
「えー!もーさーもーさー!ちょー特別扱いじゃん!」
「……」
顔が熱い。
「えー、セリスはどーすんの?」
「どうって……」
「バレンタインは!?今年は送ってもいいんじゃね!?」
「そ……れは」
しまった、リアルだとログアウトできない。
「でもさー、するなら今じゃん?」
ニンカさんがそれはそれは楽しそうに言う。
「ちゃんと動いてからじゃだめかもしれんしさー。バレンタインなんてジャストじゃん」
「……そんなこと」
途切れてしまった言葉を引き継ぐようにいつの間にか入力されていた曲が流れ出す。
ニンカさんは楽しそうにマイクを持って、ラブソングを歌い始めた。




