5-10.トップタンクと気持ちの名前
『グライドはいつだって、期待に応えられないんじゃないかって、怖がってる』
ニンカの声がウィンドウから響く。
『あたし、転職しちゃ、いけなかったのかも……』
そんなことあるわけない、だってその形がお前が一番遊べるんだ。
『あたし、グライドとどこまでも行きたかったの。一緒に行けないボスがいるのが嫌だったの。だけど、グライドはそうじゃなかったのかもって。あたしが我慢すればグライドが一緒にいてくれるなら、我慢すればよかった』
『でもそれじゃ、ニンカさんが一人で待ってるのは変わらないじゃないですか』
『こんなに避けられるなら、そっちのほうがマシだったよ!』
頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲う。
ニンカがはらはらと泣いて、伸ばした手が仮想ウィンドウを揺らして空を切った。
『一緒に遊びたかったの。最初は誰でも良かったけど、今はグライドが良いの。また軽口叩いて、レアアイテム出ないことにムキになって、大したことない失敗をバカにしあって、大失敗したら大笑いして、成功したら一緒に喜んで、いつでも思い出話ができて、そういうのがよかったの。一緒にいたいの。』
…き■の
最後のかすれたつぶやきを耳が拾って、路地から飛び出した。
一拍遅れてリーダーがパーティを解散したメッセージが届く。
転送石を殴る勢いで起動してボートタウン広場まで飛ぶ。
人でごった返すタウンを最短距離で駆け抜ける。
塀を上がって、木を上がれば、
「ニンカ!」
茜色のショートヘアに泣きはらした緑の瞳のニンカが、こちらを捉えた。
「……………………なんで?」
いやそれはこっちも聞きたいんだが。何で一人なんだ?
「あ……えと、助っ人さんは?一緒じゃなかったのか?」
「は?え?今ちょうど急用でログアウトして、へ、え?は?ちょっと待ってなに?え?どういうこと?」
「え、どうした?」
「いやメッセきた」
「道に迷ったか?」
「グッドラックスタンプがいっこだけ送られてきた」
「それは……」
「え?どういうこと?グライドあの子と知り合いだったりした?」
「いや、多分会ったことはない、と思う」
例の助っ人さんは、なんだかんだすれ違っていて、一度も会ったことがない。
「あの、実は、話を聞いてて…」
「?何の話?」
「今の、その、あー、えっと、会話を、リーダーと助っ人さんが通話で俺の方に流してきて…」
「は?」
「いやっそのっ」
「……………………どこから?」
「………………………………………グライドってどんな人、てとこから」
「全部じゃん!?!?!?!?!?!?」
ニンカが素っ頓狂な叫びを上げて木からずり落ちそうになる。
とっさに腕を回して抱きかかえると、今度は顔を真っ赤に染めて動かなくなった。
「あーーーー、その、ニンカ、手、離して大丈夫か?」
「ね、グライド」
「お、おう」
腕を離すどころか抱きかかえて、ニンカが言う。
「あたし、傀儡師やめようか?」
「いや、なん……」
「グライドが怖いなら、いつでもやめる。今すぐやめる。サブキャラのリセットっていくらだっけ?まあいいや、いくらでも。今買おうか」
「いやまて!早まるな!話を聞け!」
ちょっと待てちょっと待てちょっと待て、その151レベルのサブキャラを瞬時にロストしようとするな!それ明らかに結構カネかかってるだろ!?
「だって!」
「怖かったのは本当だけどさあ!」
ちょっと話聞いてもらっていいかな!?
「怖かったよ。お前が誰とでも組めるようになって、もう俺じゃなくてもいいって思ったら、怖かった。急にタンクの神様なんて呼び出すし、いつもみたいに相棒って呼んでくれなくて。それならできるタンクをやらなきゃって思った大一番でミスかまして。怖くて怖くて仕方なかった」
「呼び方は、えと、その……」
ニンカが視線を彷徨わせる。
「俺はパートナーだと思ってきたけど、怖いって感情と一緒に振り返ったら、別に何かそういう約束をしているわけでもないしさ。それで逃げ出して……結局心配かけて泣かせた。すまん」
「心配は、した。すごくした」
「うん、ごめん」
「何かあったんじゃないかって。もうグライドと組めないんじゃないかって、怖くて怖くて怖くて仕方なかった」
「うん」
ニンカの茜色の髪を撫でる。
サラリと揺れる髪にくすぐったそうに顔を上げて、彼女はトロンと微笑った。
「ねえグライド」
「はい」
「結婚しよっか」
「は?」
「結婚しよ。お互いそんなさ、心配するくらいならさ」
「いや、まて、落ち着け。大体お前まだ未成年だろ!?」
ニンカは12月生まれ、まだギリ17歳だろ!?!?
「は?」
「……は?」
「あああああ違う、違うの、ウエディングシステムのやつ!ほら!ゲーム的にさっ!システム的に!結婚しよってそういうあの、なに勘違いして、あの、いやちがくて、えっと、だからさ!!!!!」
すっっっっっげえ恥ずかしい勘違いした。アホか俺は。いや特大の阿呆なことは今日嫌と言うほど分かったところだったんですけど!それにしても阿呆すぎないか!?
「悪い。俺が悪かった。あの、ニンカさん、落ち着いて」
「おおおおおおお落ち着いてるけど!?!?」
ニンカは真っ赤な顔でなにかアワアワと変な言葉を紡ぎ続けていて。
勘違いだけど、勘違いだと思いたくなくて。
「なあニンカ」
「なっなんですかね!?」
「今度、会おうか」
「へっ!?」
何度か提案して、その度にいつもなんだかんだと実現しなかったことだけど。
「知り合いから映画のチケットもらってさ。ニンカの家の方のショッピングモールなんだ」
「え、え、それは、その」
「俺と一緒なら、苦手なフィールドにも挑戦してくれるんだろ?」
それはいつかニンカが言った言葉で。
「……うん」
腕の中でニンカが、小さな声で頷いて。
――――あの日心に灯った気持ちに付いた名前は、会った時に言葉にしよう。
本日作品キーワードに「恋愛」を追加しました。




