閑話 正規デザイナーになったら
ロイド→
「――――という感じだ。よければうちに所属しないか、と」
「…………」
ワークスペースに招待し新しい事務所の説明をすれば、リアルアバターのトラキチは無表情で書類を眺めた。多分ちゃんと聞いているだろうと信じて話を続ける。
「貴方にだけ2件、追加がある」
「んだよ」
「ひとつめ、当方は貴方にどのような収入があろうと、一切関与しない。納税だけ間違いなくやってもらえれば、それ以外では一切関与しないし、聞きもしないことを約束する」
とても嫌そうに眉根が寄った。
「ふたつめ、彼女が望めばというただしがつくが、ボンレスハムを弊社のデザイナーとして雇用したい。これについては後日当人にも個別に意志を確認するが、貴方と同じ会社の所属のほうが何かと都合もいいだろう」
同じ事務所に所属していれば、社外秘の内容も共有できる。
社内にまだデザイナーを抱えていない新興事務所だからこそ提案できる内容だ。
理人が言い出した時には何を言い出すのかと思ったけれど、彼女はトラキチのチャンネルで動画の編集も行っているはずなので、今後必要になる人員としては確かにぴったりではある。
「あいつの絵は確認しなくていいのか」
「おるさんに見せてもらった。飲みに行ったときに手帳に描いた落書きとのことだったが……その、絵を見て気付いたんだが、あの時期にコロシアムファイトをやっていたので、いちがつさんの絵は、見たことがある」
「……そうか」
コロシアムファイトXで、公式大会でいわゆる低Tierキャラクターで3位に食い込み、表彰式を拒否して3位空席という表彰台を残した女性プレイヤーがいる。
彼女が備忘録的に残していた自キャラのコンボ研究などが記されたブログは一躍有名になり、当時僕も閲覧した。真面目な立ち回りの研究などの隙間に、リュンファンを中心としたイラストや四コマ漫画が時折掲載されていた。
そのブログは大会を境に一切更新がなくなり、リュンファン使いのいちがつは二度と現れなかった。
おるさんが見せてくれたイラストは、いちがつさんにそっくりのタッチで描かれた、リュンファンのイラストだった。
ボンレスハムの本名は安藤睦月。トラとコロシアムファイトをやっていたとは聞いている。
そして格闘ゲームの世界は、VRMMOよりも更に女性が少ない。
「僕は、あの絵は好きだった」
「伝えとく」
「ありがとう。ボンレスハムへの所属打診はどうする?僕から伝えてもいいし、貴方から伝えてもらっても構わないが」
「一旦俺から伝える」
「承知した。一期生になりたい場合は3月頭までに。所属時期にこだわりがなければいつでも好きなタイミングで教えてくれ」
トラキチはとてもとても嫌そうに、眉間にシワを寄せた。
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「…………やはりブログは閉鎖するべきでしょうか」
ワークスペースから出てきた龍哉の話を聞いて、こぼれたのはその言葉だった。
私がコロシアムファイトXで使っていたリュンファンは一般に低Tier、弱キャラと呼ばれる分類で、あまりコンボや立ち回りの研究を行う動画やブログがなかった。あのブログはいつかリュンファンを使いたい人が見つけてくれたらいいと思って高校時代からメモ代わりに書いていたものだ。
コロファイ自体のバージョンが上がったのでもう当時のコンボ研究は消してもいいだろうかと思ったのだけど、思った矢先にコロファイXのVR版が発売されて、ブログのアクセス数がまた上がってしまった。
「いつかリュンファンを使いたい人が見つけてくれたら」と思って書いたブログをまさしくそのタイミングで消すことは憚られて、今もそのまま残してある。
いやまあ、隠しているわけではないのですけども。
トラ小屋初期の配信にはトラと一緒にコロファイで遊んでいるものもありますし、古参リスナーは私がいちがつだということも知っている。
落書きから同定されることは予想外だっただけで。
おる君と飲んだときのイラストという事は、コロファイの話題になったタイミングで手慰みに書いたリュンファンだと思うのですが、まあ、リュンファンだったのが良くなかったんでしょうね。他のキャラクターだったら、もう動かなくなって五年も経つブログのことなど思い出しもしなかったでしょう。
思い出したとしても、ブログがなければ「似ている気がする」以降の見比べもできなかったでしょうし、やっぱり閉鎖したほうが…………
「どうする?」
「貴方のしたいように」
貴方が所属するならついて行くし、貴方が事務所なんてまっぴらだと思っているのなら行きません。それだけですよ。
そう言って微笑めば、彼がいつもより鋭い目でこちらを見る。
「俺がどっちでもいいっつったらお前はどうすんだ」
「…………」
「言え」
一瞬目が泳いでしまったことを、龍哉は見逃してくれなかった。
「……あ、の、ですね、」
「んだよ」
「その……正規デザイナーになったらですね、」
「ん」
「トラのグッズを作り放題なのかな、と……」
一瞬の沈黙。
バチン、と派手な音がして、同時におでこに鋭い痛みが走った。
「いっっっっっ」
「馬鹿か?」
十割本気だと言ったらもう一発デコピンされそうだったので、一旦黙ることにした。
おるくん「ハムさんのイラストはこんな感じ。飲みに行った時の落書きだけど」
ロイド「コロシアムファイトの、リュンファンですか?」
おるくん「コロファイの話してた時に描いてたから多分そうじゃん?」
リーダー「おー、思ったよりめっちゃ上手いな。ポップな感じのイラスト描くんだね」
ロイド(コロファイの、リュンファン使いで、女性で、イラストが描ける?どこかで聞いた気が……)




