1-3.ソロアサシンはボスに挑む
１時間のクールタイムを置き、私達は荒れ狂う神の荒野に来ていた。
来るのは初めてだ。ここの敵はレベルが高いのもそうだけど、ヒーラータイプのモンスターがいるのでソロ狩りはほぼ不可能なのだ。
今回はボス討伐目的なので、パーティー移動速度上昇の秘薬（課金薬）を使ってフィールドを駆け抜ける。
フィールド奥の窪地にたどり着くと、トレインしていたモンスターがふっと消えた。
――ソノケハイハ
周囲に音が響き渡る。
――ワガオトウトノモノ
周囲に光の柱が立って壁が形成されていく。少し離れた場所に立っていた私達３人は、光るエフェクトと共に近くに固まるように再配置された。
イカサマダイスの発動エフェクトであるサイコロが転がり、隣でリーダーとロイドも強化スキルを利用した。
――オトウトヲドウシタ
「じゃあリーダーさん、予定通りに」
「あいよ」
私は屈んだリーダーの肩の上に乗った。
足元が荒野の窪地というか、クレーターのようになっていたのに、光が走り、大理石のような床が形成される。
――オトウトニナニヲシタ
私を乗せてリーダーが立ち上がる。いつもよりずっとずっと高い視界の目の前に、ローブを纏った男神が現れた。
――リフェルヲカエセエエエエエエエエエ工工工工工工工工工
リフェルの剣という剣神リフェル討伐報酬をアイテムボックスに入れていることが、魔神ラフェルの出現条件らしい。
弟神を討伐されてガチギレという設定なんだろう。
絶叫と共に目の前に 荒れ狂う魔神 ラフェル の文字が踊り、HPバーが表示された。
即座にジャンプブーストを起動し、リーダーの肩から、跳んだ。
同時にリーダーもしゃがみ込む。私の足とリーダーの頭の間を横薙ぎがすり抜けた。
ラフェルの肩に着地し、反対側に落ちる。着地と同時に横に跳ぶと、今まで私のいた場所に杖が振り下ろされる。
私の方に振り向いているラフェルに、リーダーとロイドが攻撃している。バックアタックボーナスが付いているのがちらりと見えた。
初手からバックアタックを入れられた方がもちろん強いのだけど、ラフェル戦はプレイヤー初期位置が決まっていて初期位置円の外に出ると強制的に戻されるらしい。
なんとか即座にタンクが背後に回り込みたいのだけど、初手が横薙ぎなので上下移動じゃないとおそらく当たってしまう。
そこで考えた。
リーダーの上に乗れば、ジャンプで飛び越えられるんじゃないかと。
実際成功し、ジャンプブーストの力も借りてラフェルの上に着地、初手背後取りに成功した。
炎の波状攻撃のモーションが入り、即座に床に這いつくばった。
チリチリと背を焼く感覚。リフェルの咆哮よりも横幅が広くて厄介だなと思った矢先、
Miss
Miss
頭上に回避判定が表示された。
うっそでしょ！？！？これ咆哮より下判定もあるの！？！？！？！？！？
判定を２回消費して波状攻撃は終わり、慌てて立ち上がって後ろに飛び退くと、杖が私の頭があった位置に突き刺さった。
火の矢が飛んでくる。サイドステップで横に避けると、矢がカクっと曲がってまたこちらに向かってくる。今度はバックステップで避けるともう一度カクっと進路を変えて飛んでくる。もう一度サイドステップで避けると、そのまま壁に激突して消えた。
3回か、と思いつつラフェルに向き直ると、もう一本の矢が眼前に迫っていた。
うえぇぇぇ一気に二回も来るの！？
とっさのサイドステップ、バックステップ、ジャンプブーストでの飛び越えで避け切る。
着地地点に更にもう一本の火の矢が直撃し、頭上に Miss が表示された。
追尾性能の高い遠距離攻撃を時間差で3つとかずるい！ と思いつつもう一度ジャンプブーストを起動して上に避ける。杖の横薙ぎが足元すれすれを通り過ぎた。
開始30秒で無敵判定を3回も消費してしまった。あと5回。
炎の鳥のようなものがラフェルの頭上に飛び出しこちらに突進してくる。前転がりで鳥の下をくぐり抜け、念の為サイドステップで着地地点から避けると、そこにラフェルの杖が突き刺さっていた。
背後から鳥が再度迫っており、それをもう一度ジャンプで避ける。
ラフェルの杖から別の火の矢が飛んできており、悪態を吐きながら避ける。
火の鳥が頭上から降ってくるのを前転で避け、一本目の火の矢と二本目の火の矢をジャンプブーストで避けると、二本がぶつかって消滅した。
3本目は少し時間をおいてやってきて、サイドステップ、バックステップ、前転で避ける。
気がつくと火の鳥は消えていた。一定時間自由にプレイヤーを攻撃する召喚獣とかなのかもしれない。
ラフェルが杖を下に向ける。バチバチとした火花が散ると、ねずみ花火のようなものがぐるぐると回りながら幾つも現れた。
現れたねずみ花火はランダムにうねり……あ、これほんとにランダムだ。こっちに向かってきてるわけじゃない。
「足元、ねずみ花火、ランダム軌道です！」
慌てて叫ぶ。ずっと聞こえていた斬撃が一瞬止んだ。ねずみ花火が一つか二つラフェルを回り込んで裏に入っていったのが見える。
こっちにも3つくらい来ており、しばらく近くでうねうねと回ったあとでパチっと一瞬大きな音がした。
とっさにジャンプで上空に避けると、下で大きめの爆発が起きる。
フィールドの向こう側でも同じような爆発音がしたが、死亡メッセージが出なかったのでなんとかなったのだろう。
「ナイスサポート！」
というリーダーの声が聞こえて、少しうれしくなった。
ラフェルが杖をグッと前に出す。
炎の波状攻撃モーション！ 今度はショートダッシュで左前に抜け、波状攻撃は私の右側ギリギリで開始された。波状攻撃は扇形なので、ラフェルの近くなら避けられると思ったけれど、一応行けた。
私の位置に向けてラフェルが杖を振ると、炎のフィールドが左に回転した。
ジャンプブーストで右側に大きく跳ぶと、フィールドも右側に付いてくる。
結局フィールド上に着地して頭上に Miss が表示され、その直後に波状攻撃は終わった。
初回の2回消費よりマシだけど、これもダメだ。
バックステップで後ろに避けると頭のあった位置に杖が突き刺さる。
火の矢が迫ってきたのを横に避け、後ろに避け。
炎の鳥が迫ってくるのを上に避け、下に避け。
ねずみ花火に大声を上げ、横薙ぎの攻撃をジャンプで避ける。
地面をゴロンゴロンと転がりながら右に左に前に後ろに上に下に避ける。
3度目の波状攻撃を1Missでやり過ごした直後、ラフェルが見たことのないモーションに入った。
奥義だ。思っていたより少し早い？と思ったけれど、魔神ラフェルのHPはちょうど半分くらい。つまり時間経過じゃなくて残りHPが奥義トリガーのタイプか。
上を向くと隕石のような火の玉が降ってくる。
右に避ける。左に避ける。次は……どこだ、右、左、前……。
ドン、ドンと着地音がして、爆風が吹く。一発避けそこねてMissが表示された。
完全回避はあと２回。
奥義は終わり、通常の攻撃モーションに戻ったラフェルの一発目は波状攻撃だった。
ずっるい、それほんとにずるい！
前方に避け、前回よりもなるべくギリギリまでひきつけてジャンプで右に避ける。
Miss と頭上に表示された。完全な避け方が分からない。
完全回避ラスト1回。
避ける。避ける。避ける。避ける。
火の鳥が1羽から2羽に増えた。そんなのありか。
自動追尾の火の鳥が右から左から襲いかかる。
転がる。飛び退く。ジャンプ。かがむ。飛び退く。飛び退く。転がる。
火の矢が3本から4本に増えた。本当にひどい。
フィールドの右から左から襲いかかる4本の矢を避けたところに、ラフェルの杖が打ち下ろされた。
Miss
最後のミス表示が現れる。
イカサマダイスの回避残り表示が青数字から赤数字に変わる。
火の矢を躱す。ねずみ花火に叫ぶ。火の鳥を躱す。避ける、避ける、避ける。
炎の波状攻撃をダッシュで前側に避け、前回と同じくジャンプブーストを起動。
上空に逃れた直後、
後ろから火の鳥が突き刺さった。
DEAD の文字が浮かび、視界が少し暗くなる。
フェニックスの風切羽を使用しますか？
この場で復活 タウンで復活 使用しない
６０
という文字が浮かび上がっている。
６０が一秒ごとにカウントダウンされている。
ああ、ダメだったなぁ。
風切羽、使わないで残しておいて後で返そうかな。
魔神ラフェルがぐるりと振り向いて、リーダーにターゲットしたのが見えた。
リーダーが攻撃をやめてジャンプで避ける。
ロイドと左右に別れながら、ロイドが背後を取って戦闘を継続しようとしている。
リーダーが避ける。
結構うまいな。さすがトップランカー。
そう言えば、ラフェルのHPどれくらいまでいったんだろう。
視界を上に向けると、HPバーが表示されている。
３割くらいだった。
残り３割。
あと３分、いや多分２分くらい。
波状攻撃から次の波状攻撃には１分半くらいある。
一度だけ、一度だけ避けられれば、倒せるんじゃないか？
でも、一度も避けられてない。
全部似たようなことやってるように見えるかもだけどさ、少しづつタイミング変えてみたり、実は色々やってるんだよ。
だけど全然うまく行ってないの。
避けられる？避けられなかったら、無駄復活になるだけだよ？
でも諦める？
ここまできて？
ここまでやって？
あと３割まで持ってきたのに？
もしかしたら、勝てるかもしれないのに？
「そん、なの……」
４本の火の矢がリーダーに向かって四方から向かっている。
ジャンプ回避を試みたようなのだけど、ソードマンにはジャンプブーストがないので避け切れない。
「ここで諦めるって」
１本の矢が足をかすめリーダーのHPを７割削る。
もう一本、避けた矢が軌道を変えて襲いかかり、リーダーの腹に突き刺さり、彼は倒れた。
「そんなの、」
ラフェルが死んだリーダーから興味をなくしてロイドに振り返る。
「できるわけ、ないでしょう！？」
残１秒の選択肢に指を押し付ける。
周囲に、風切羽が舞い散った。
