閑話 ふたりの遊び人 上
「あ、いたいた!」
長い黒髪の奇術師がこちらに大きく手を振った。
「どうも、お待たせしちゃいましたか?」
「いえいえ全然!えっと、あー……」
この間はあれか。
「どうぞ、好きなように呼んでください…」
「名前じゃないほうがいいですかね?」
「そう、ですね。その方が」
以前ほどではないにしても、相変わらず名前を呼ばれると人が寄ってきてしまうので、そこは仕方ないか、という気持ちになってきた。
「じゃあ、シーフさんで!」
「ぜんっぜんシーフじゃないんですけどね」
「私にとっては何ヶ月もシーフさんでしたからねぇ」
「よく覚えてましたよねそんな前のこと」
「こっちのセリフですよ」
いやうん、覚えているっていうか、あれです。あーなんかカッコつけちゃったかなーとか、余計なお世話だったかなーとか、返事間違えたかな―とか、数ヶ月くらい不定期に引きずるんですよね……。場面の脳内リフレインがひどいので覚えていたというか……。
フレンド:アネシアよりパーティ申請が送られました。
パーティ申請を受理しました。
パーティリーダーは アネシア です。
通りすがりの遊び人、ことアネシアからのパーティ申請を受理して、移動を始めた。
「ってかシーフさん、意外と遊び人育ててました?」
「いえ、実は私採掘用遊び人すら持ってなくて、サブは本当に初めて育成しました」
「…………あの、私の見間違いじゃなければなんですけど」
「はい」
「今、細剣士ですよね?」
「細剣士になりました」
「レベルは?」
「145です」
「サブ作ってなかったってことは、50レベルスタートですよね?」
「昨日開始時点では42レベルでしたね……」
「…………トップランカーってすごいですね」
いや本当に。
「シアさんは奇術師になったんですね」
「なんだかんだで結局慣れちゃってますからねー」
「覚醒技、もう使ってみました?」
「実はまだ149で…なんで最初はレベリングいきたいんですよね」
「いいですね、行きましょう!」
二周年アプデ直後で、いろいろな景色が先日とは違っている。
「ふっふーん」
「ごきげんですね」
「いやーだって街見てくださいよ!右をみても左を見ても遊び人がいますよ!ちゃんと武器装備してる!」
街にはいつもと違い遊び人がそこかしこにいる。いや実際にはいつもいるんだけど、今まではみんなツルハシを装備していた。採掘用サブとして人気だったので。
それが今日はみんな細剣やカードを装備している。
めずらしい。本当に、珍しい。
「これで募集旗に遊×とか書かれることもなくなる……」
「残念ながら遊×は継続っぽいですよ。二次職の方は募集に入ってますけど」
「……そんな悲しい現実、知りたくなかった」
細剣を佩いたプレイヤーが多い。今回のアプデのトップ人気らしい。
「細剣、多いですね」
「”特攻化”は強すぎますからねー。私もそれ聞いて細剣士になるかは結構本気で悩みました」
細剣士の覚醒効果は「弱点看破」。相手のウィークポイントの視覚化で、正確にそこを攻撃することで攻撃が全て特攻扱いになるらしい。
……らしいというのが、実は現在まだ実践で使ってみた動画などがあまり上がっていないものでして。
いかんせん有名実況者とかで遊び人使っている人、本当に皆無でしたからね。
特攻攻撃は攻撃倍率が2倍とかになるので、これは強いとみんな育て始めたところだ。
「傀儡師は実質車いすユーザー狙い撃ちジョブっぽいですし、奇術師増えないかな〜」
「奇術師の覚醒効果パーティ前提っぽいですから、大規模ギルドとかでは増えそうですよね」
奇術師の覚醒技「奇術の時間」は、パーティ全体へのバフ効果で、戦闘に参加しているキャラクターが多いほど効果が高くなるというスキルだ。
多分大手のギルドでは役割分担で誰かが必ず奇術師になるだろう。レイドみたいな100人単位で参加する場面で強すぎる。
「ま、何はともあれ150にならないと意味ないんで、行きましょっか」
はいやってきましたローム古神殿。昨日振り。
いや、ふつうにね、ふつうに155レベルフィールドなんで適正やや上でレベリングにちょうどいいんですよ。ちょっと昨日の話が頭おかしかっただけで。
「……せっかくだし、ブースター使う、か……」
「お、例の記念パックブースターですか?買ったんですね!」
「……………………もらいました」
ボス戦報酬なら上忍の青装束も宵闇の短剣も貰ったし、ボスドロップの分配ももらったしで十分過ぎるほどもらっているのに、何故か絶対に動画収益の分配を受け取ってくれと言われて、実は先日までそうとう揉めていた。すでに報酬もらってるんですよ。受け取る理由なくないですか。
ニンカさんにはもらえるもんはもらっとけばとしか言われなかったけど。
「動画収益ってやつですか?さすが天下のサザンクロスですね〜」
「……使う?」
「絶対いらないです」
だよね。
にしても、アネシアは普通にプレイが上手い。
戦闘時の神出鬼没の使い方が特に上手くて、ちょうどよく相手の技をすかして背後を取る。
レベリングがロームがいいと言った理由もよく分かる。敵キャラ挙動がほぼ固定のゴーレムしか出ないここでは無敵と言っていいだろう。
昨日のばかみたいな効率にはもちろん勝てないけれど、十分に速い速度でレベルアップした。
「よっし!来ました150!」
「私も150なりましたー」
「さっすがブースター、レベルアップが早い」
「まあ、うん、そうね……」
他人のお金でもらったアイテム、強いなぁ。
「せっかくだしどっかで使ってみたいですねー」
「いい時間だし、ちょっと試したら終わりかな?」
「ですね。日課も兼ねて精霊虫行きたいんですけどいいですか?」
「いいですけど、私精霊虫に今マーカーないんですよね」
「ふっふっふ、奇術師のスキル一覧、まだ見てないんですね?」
アネシアは不敵に笑って、
「ではお手を拝借。瞬間移動」
世界がふっとゆらいで、精霊虫の森に到着した。
「シアさん」
「はい」
「奇術師、めっちゃ増えると思う」
「ふっふ〜ん、これからは奇術師の時代ですよ!」




