19-11.ジュラビレッジ
村からは疲弊の空気が溢れていた。
女子供のすすり泣く声が絶えず聞こえ、大きい音は大抵が怒声か物の壊れる音だった。
明らかに外的要因によって破壊の限りを尽くされたヘロズタウンに対し、こちらは村自体は村の形を保っている。ただ人々は薄汚れてギスギスしていて、余裕がないことは伺えた。
『助けが来た!』
ぞろぞろと連れ立って村へと足を踏み入れると、私達を見た男の子のNPCがそう言って駆け出した。村に入ると強制でイベントスタート系だ、一人で入らなくて本当によかった。
あれよあれよと村人が集まってきて、奥から恰幅の良い男性NPCが現れ、私達はそのまま村の一番大きな家まで連れて行かれた。
長い長いNPCの陳述をまとめると、まずここはジュラヴィレッジ。林業と狩猟を営む村だそうだ。
もともと英雄達が滞在するような村ではなくて、森の小さなモンスターなどは自分たちで倒していたので大戦の影響はそこまでなかったのだけど、どうにも森がおかしなことになっているらしい。倒して肉と毛を剥ぎ埋葬したはずのモンスターが、骨になって森を徘徊しているというのだ。
モンスターらしく近づけば襲ってくるため昼夜を問わず警備が増え、警備に男手が取られて人手が足らず、埋葬したモンスターが起き上がるためうかつにモンスター退治もできず、狩りの量が減れば食料も減って……という状況らしい。
『王都に使いも出しましたが、かの大戦の後は徴税官すら来ない有り様で、我々のことは覚えていてくださっているのか……我々はまだ王国の国民なのかと、日々心を苛まれておりました。何卒、村をお救い下さい』
深く深く頭を下げた村長さんの家を出る。
ふー、と複数人が息を吐いた。
「かんっぜんに王都クエストから来るやつだな」
「ほんそれw」
「死霊術師か、リッチ的なやつがいるっぽいか?」
「防衛じゃなくて探索イベかもな。このあたり、表側ではこんなにしっかりした森じゃなかったはずだし」
「それはそれで人手がいるな」
ワイワイと話す皆さんから一歩下がって話を整理する。
点と点が急速につながって、頭の後ろが冷えていく感覚がする。
「セリスちゃん?」
ぽんすけさんがこちらを覗き込んだ。
「あ……すみません」
「どうした?調子悪い?」
「いえ……ただ、このイベントを考えた人は、人の心がないなと思っていました」
「……なして?」
「なんか分かったやつ?」
みなさんが一斉にこちらを向く。
太陽に関する記述が丁寧に削除された図書館。太陽を示すシンボルを全て消した建物。太陽らしき痕跡が綺麗に綺麗に丁寧に丁寧に消失した世界。
きっと、その決断をした街だけが生き残ったんだ。
だから、この村を救うには。
「これは、村の近隣にある祠か神殿か、シンボルのようなものを破壊するイベントです」
私の言葉に、全員がぽかんとした顔をした。
「――なんて?」
「太陽は、おそらく輪廻や魂などを司る最上位の神様です」
「……まあ、そう」
「もともといた太陽の神様をなんとかしてその座に座った邪神がいて、邪神は権能を、まあ、おもちゃのように振り回したのでしょうね。一部の死者が輪廻の理から外れて、暴れまわっている」
「うん、ボルナデラとかのことだね」
依代を壊したはずのボルナデラがどうして未来にまだ居るのかはよく分かっていないけれど、まあ、話の流れは合っているはずだ。
「ところで、太陽を示す宗教的なシンボルって世界にどれくらいあると思いますか」
「…………」
「えーと……」
「それは、日本の殆どの神社で天照大神の名前がついでに入ってるよね、みたいな話?」
リーダーさんが首をかしげる。
「そういう話です」
「……まあ、全部の村に1つづつ、大きめの町なら3つ、大規模な都市になるともう数え切れないかな。太陽にちなんだって話だと、例えば鳥居自体が天照大神を岩戸から出すための長鳴鳥の止まり木だから、鳥居が全て太陽にちなんだシンボルとも言えるわけだし」
「そうなんだ?」
「諸説あってそのひとつって感じだけど、まあそう」
神明神社でなくともそういう派生はたくさんあるんですよね。というかリーダーさんが詳しいな。
「普通に信仰されるとそれだけの数出来上がる宗教のシンボルが、1000年後には一つ残らず全て綺麗に消えているなんてありえますか」
「普通に考えりゃ、無理かな」
「そうです、無理なんです。禁止したって誰かはこっそり持つし、人々が忘れていた場所にうっかり残ったりするし、書物の一冊すら残さないなんて普通に考えてできません」
「うん」
「じゃあ……その太陽のシンボルが邪神の影響を受けて暴走して、そこからアンデッドが無限に湧くとしたら、どうですか」
「……うわぁ」
「……うへ」
何人かが嫌そうな顔をした。
「そりゃあもう、持ってるだけで大混乱でしょう。街の中は大至急取り壊しにして、街道を走ってゾンビの湧く場所を全て虱潰しに調べて、シンボルマークは全て削り剥がして、書物は全て燃やすでしょう」
「…………うわー」
「信仰する神様のシンボルを壊す決断をできなかった村が、あるいは単にその事実を知らなかった村が、滅びたんです。だからこのイベントは」
「俺達が、代わりに太陽のシンボルを壊す」
「はい。高い確率で祠か何かだと思います」
「罰当たり甚だしいな」
「……本当に」
ゲームとはいえ、結構抵抗がある。
「セリス、他のメンバーも。やりたくなかったら降りていい」
「リーダーは?」
「俺?俺はやるよ?」
「さっぱりしてんな」
「再建の時にどんなの作りゃいいのかわかんねーのは困るだろ」
リーダーさんは、はっきりと言いきった。
「……再建」
「1000年かかるけどな。復活した邪神倒して、本物の太陽の神様を取り戻して、そんでまた同じ場所にちゃんとした祠なり神社なり神殿なり作らねーと。正史では村が滅んでるわけだから、やんなきゃNPC死ぬし」
ぽかんとしてしまう。……再建。
「……」
「…………」
「…………はー。そうな、神殿も様式色々あるもんな」
ねむ蝉さんが、ふっと息を吐いて笑った。
「ちゃんと確認しとかないと怒られる」
「てか今眠ってる邪神掘り起こして倒しちまいてーなー」
「失敗したら大惨事どころじゃないんだけどw」
「ってかそこまでして、邪神はどうやって復活すんのかね」
おもちさんが首を傾げた。その疑問には、一応これだろうという回答がある。
「太陽がなくたって、人は空に祈りますから」
「そう?」
「ええ。あしたてんきになあれ、って」
「あー……やるわ」
「靴投げるやつ」
「靴が片方なくなるやつ」
「無くなるほど飛ばすなw」
「それが、少しずつ積もり積もって、1000年かけて、力になるんでしょうね」
「太陽って概念が広すぎる〜」
本来世界そのものを構成する神様ですから、司る概念はそれはそれは広いでしょう。
輪廻を司るのなら、人が死んだ時の冥福の祈りだって届いてしまうのかもしれないし。
「っし、降りるときは宣言しろ、流石に止めない。とりあえず森を探索するチームと、村の中で聞き込みするチームに分かれる。行こうか」
リーダーさんがパンっと手を叩いて、宣言した。




