実際さ
「実際さ」
配信が終わって、お互い夕食がまだということで合流した。今日はちょっと微妙な話題が出そうということで僕の方の部屋で出前だ。
「どう思う?」
「目的語を省略するのは趣味なのか?」
「今回については通じてんだろ」
「まあ、通じてはいるけれど」
Ryuとトラキチは二人とも僕たちの一つ下の学年だ。トラキチの年齢は配信では20代とだけ言っていて詳細は非公開だが、こちらでは契約時に生年だけは確認しているので知っている。――早生まれの場合は僕達と同学年になるだろうが、早生まれの秀才ではギフテッド支援施設には基本的には入れない。
Ryuはおそらく関東支援校、東京大学教育学部附属中学高等学校附設初等部の出身。トラキチは生まれも育ちも東京の郊外、つまり同じく関東支援校のはずだ。
トラキチの本名は柳龍哉。
「Ryuは」
「うん」
「Ryuは、年齢以外の本名・性別・出身・進学先も全て非公開だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「お前は相変わらずドライね」
おそらく関東支援校だろう、おそらく男性だろう、おそらく東京出身だろう、と言われてはいるけれど。その全ては憶測で、いくつか出ているインタビューでも答えていない。
「ファンとしては気にならねーの?」
「好きなら、超えてはいけないラインがある。あと別にファンではない」
「同じ本三冊買ってファンじゃないは中々通らないんじゃねーか?一冊保存用あるだろ」
「未開封なだけで、保存用ではない」
部屋の本棚をちらりと見る。
「天才じゃなくてごめんなさい」は、確かに三冊買っている。
一冊目は読みすぎて背表紙が割れてしまい読むことが困難になった。二冊目を買った時に、これもすぐ駄目にするだろうと思いもう一冊買った。流石にそこまで読み込むことは少なくなり、三冊目はまだ未開封で置かれている。
必要になると思って買っただけで、別に保存用や布教用というわけではない。
Ryu本人についてはここまでプロフィールを隠匿しているのだ。触れてくれるなということだろう。
配信者になってよく分かるが、触れてほしくないところは触れるべきではない。たったそれだけの当たり前のことが中々守ってもらえないのだけれど。
「映画、年末だっけ?」
「11月だ。合わせでノベライズが出る。コミカライズは先行で来月から連載が始まる」
今まで全く気配のなかった映画化と小説化と漫画化が同時進行している。
理人の「やっぱファンじゃん」という発言は努めて無視した。
「そういう意味では、商業書籍化と映画化案件を抱えながら、あの量のゲームのやりこみと配信を行うのは難しいのではないかとは思う」
「あ~~」
少し大きい番組に短時間顔を出すだけでかなり拘束されるのに、本人の映画化案件に関わりながら週に何日も配信は無理じゃないか?
よほど信頼できる代理人がいればなんとかなるだろうか。それでも大分厳しい気がする。
「今更映画化ってのも不思議よね」
「どうだろうな。大学を出て環境が大きく変われば、考えも多少は変わるんじゃないか?」
書籍もインタビュー記事も、かなり言葉遣いが厳密で固い。
言葉の端々からエンタメとして「消費」されることに非常に強い忌避感があったことが伺える。
映画化となるとあまり厳密な状態にはならないので断っているのだろうと勝手に納得していた。
書籍の刊行から13年経つ。本人なりに何か区切りなり環境の変化なりがあったのだろう。
「そっか、大学出てると卒業から3年とかか?俺等の一個下だよな?」
「そのはずだ。Ryuが浪人しているとは思えないが……大学院に行っていれば、前期課程修了から一年になる」
「なるほどねー、あり得るラインだな」
映画企画には端役というか、作中作番組の役職として関わったことがあるが、案件の話が出てから公開までだいたい一年半だった。企画が追加で一年として二年半ほど。もし万が一Ryuが彼だった場合、諸々の進行時期はちょうどリーダーとやり合っていた時期なわけで……あの攻撃性はもしかして単にストレスだったのでは…………いや一旦考えるのはやめよう。
「11月なんだが」
「ん?」
「かなり忙しい時期なのは分かっているんだが、3日は全休にする」
「ああ、了解。カレンダー入れといてくれ。その日封切りなの?」
「まあ」
「やっぱファンじゃん」
「別にファンではない」
「なんでそこだけ頑ななんだよ」
「Ryu自身が、自分にファンなんていないと言っている」
「はあ?」
「あの本に救われたなんていうやつはあれがなくてもいつか別の本で勝手に救われたし、自分の境遇に同調した輩はただの被害者仲間だし、自分の人間性に惚れたなんてあんなペラい本一冊で言い出すやつは3ヶ月毎に好きなキャラクターが変わる人だ。たった一冊でファンなんて名乗るものじゃない、と」
刊行1年ほどしたあたりのインタビューでファンに一言と言われた時にそう答えていた。
だからファンと名乗るのはやめている。
理人が非常に微妙な顔をして、何かを飲み込むように手にしていたハイボールをぐっと煽って、空になったグラスを少々強めにテーブルに置き、――――そして結局飲み込めなかったらしい。
「10年それ守ってるやつはただのファンなんだよ!!!!!」
蛇足と言うか、答え合わせを活動報告に置いております。
ご興味のある方だけご覧ください。
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