■-5.西生寺の招待状
「来たな」
「来ましたね」
「これが噂のアレかあ」
全員で来たメールを眺める。
来たねえ。差出人西生寺グループホールディングス営業部。実に見慣れた名前が書き込まれている。
「こりゃ確かに断れねーわ」
「君を飛ばして余所に持っていくのは、まあ無理だな」
「びっくり箱の雇用が間に合ってよかったわ。これ現地行くの必須のやつだ」
「初っ端から忙しくなりそうやねえ」
「そうだな。初手の顔合わせは俺だけで行く。多分その方が通りが良い」
「ああ、任せた」
・・・
「ようこそお越しくださいました。西生寺グループホールディングス営業一課の西生寺明成と申します」
「この度はお声がけいただきありがとうございます。合同会社サザンクロス代表社員の、西生寺理人と申します」
通された会議室で従兄弟と名刺を交換する。
――――いや何だよこの茶番。
「もう崩して良い?」
「うん、いいよ」
はあ、と息を吐く。
「担当はお前なのね」
「むしろ俺以外の誰が社長令息の担当すんだよ。社員の胃を潰す気か」
「それはそう」
「さて、サクッと仕事の話は終わらせちゃいますか」
前話はなしとばかりに取り出された長い長い企画書を開いて、概要を聞いていく。
うーん、大手はこの辺固いね。
「どう?」
読み合わせが終わり、2,3質問を挟んで、最後に明成がこちらに笑いかける。
「断るって選択肢はねーだろ、これ」
「まあそうだけどさ。じゃあいいな?」
「ああ、よろしく」
「次の打ち合わせはEFOの担当が来る。ロイさんも連れてきてくれ」
「了解、日時は早めにくれ」
「わかった。駆け足だけど、他には何か質問は?」
「一応、一応聞いて良い?」
「どうぞ」
「これ、もうちょい早く教えてもらうことってできなかった?」
絶対1年以上前から俺の参加決定してただろ。
「そうか。それを言うか」
「おう」
「じゃあ俺も言いたいんだけどさ」
「うん」
「社長令息が西生寺の役職を全部蹴ったから、こんな面倒くさいことになったんだけど?」
「そうだけどさ」
「全部蹴ったからには部外者なんだよ!部外者に出せるのはここからなの!ヒャクゼロであんたのせいだよ!!」
「そうは言っても人増やすの間に合わなかったら詰んでたぞ!?こちとら実質兼業個人勢だぞ!?」
「会社起こしといて個人もクソもねーだろ!そもそも何で50万なんてチャンネルになっちゃったんだよ!5万くらいで細々やってくって言ってたじゃん!その規模だったらオファー出さない言い訳にもなったのに!!!」
「それは俺も聞きたいくらいだけどさあ!」
「しかも何だよトッププレイヤーって!ゲームの顔じゃん!呼ばないわけに行かないじゃん!!!」
「しゃーねえだろできちゃったんだから!」
「まじで何かポスト持ってくれよ!ファンド事業の相談役とかでいいからさあ!そしたら身内だから色々話せるんだけど!」
「やだよ!」
「大体お前がファンド動かしたほうが絶対収益良いだろ!普通にやれよ!」
「やらねえつってんだろ!俺の株は趣味なんだよ!」
「年8桁上げてる趣味があってたまるか!!!」
「あるんだからしゃーねえだろ!?」
「なーホントになんか役職持とうぜ?いい加減さあ」
「お前が社長になるまでは絶対に入らん。会社が割れるぞ、比喩じゃなく」
「クソめんどくせえ……」
「俺はそれが嫌で降りたんだよ。さっさと上に立て。そしたら閑職で受けるよ」
「言ったな?」
「え…」
「言質取ったぞ?」
「いや、すぐは無理だろ?」
「15年で取るからな?ぜってえ来いよ?」
「閑職、閑職で頼むよ?まじでやる気はねーからな?」
「ファンド事業部の部長でいい?」
「閑職でっつってんだろ耳ついてんのか!?」
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「申し訳ありません、明成は少々、理人様の前では騒がしく」
秘書課の安藤という女性が小さく頭を下げた。
明成――ああ、西生寺だとウチのも西生寺やもんな。社内に同姓も多いんやろうし。
「いえ、理人のいつもに比べれば、静かな方ですよ」
なるべく穏やかな笑顔で返す。
「どうぞ、こちらも崩して頂いて大丈夫ですよ、びっくり箱さん」
「おや、そちらの名前をご存知で」
「サザンクロスの動画は拝見しています。生配信となると見ていないものもありますが」
「これはお恥ずかしい。ただ、今は社の仕事で来ておりますので」
ああ、これは秘書課でも大分上か、上候補の人が来とるな。雰囲気としては次期社長の子飼いかな。
「こちらでご質問はありますか?」
「今のところは大丈夫です。日程調整のほうが少々大変ですが……既に理人が申しておりますが、二人両方の打ち合わせ参加はできない場合もあります。ご容赦下さい」
「承知しております」
まあ今日の俺はただの足やからな。この件はリーダーマターってことだし、正味観光気分で来とる。
彼女も承知しているようで、あまり突っ込んでこない。
実に美味い茶に舌鼓を打ち、こちらは終始和やかに話し終わった。
今日は契約を交わして撤退。デカい書類束は後でメールで送ってもらうことになった。
助手席にリーダーが乗り込んで、車を出した。
「初手からドデカイの来たな」
「せやなあ」
「入って早々だけど、忙しくなる」
「わーっとるっけど、まあ前職よりはヒマやで」
「お前ホントにどんだけ仕事してたの?ってか前職抜けてホントに大丈夫だったの?」
「しらそん。事前の退職規約は普通のNDAだけやったしな。社則的にも法的にも問題ない」
まあ辞める言うたら突然提示給与が1.5倍にはなったけど。金じゃねえって何度も言うたんやけどな。
一応最後の情として有給は買い取りで最終日まで引き継ぎはした。それ以上は本当に知らん。もう勝手にしろ。
「愛着とかねーの?」
「ないねえ。サザンクロスのが愛着あるわ」
「サザンクロスの方にも愛着持ってもらえるように頑張るわ」
「楽しみにしとくで」
「退屈だけはしねーと思うから、よろしくな」
「おう」
ほんと、初手から退屈しない話やけどな。
自動運転に任せてのんびりと車を走らせる。今日は直帰だ。
リーダーは明成さんと酒を飲む約束をさせられていたけど、今日ではないらしい。
「――――デカいカネが動く」
リーダーがつぶやく。
「せやな」
「初動で10桁。二次効果で桁が2つ、追次でもう1つ変わる」
喋り方で、どうやら返事を期待しているわけではないと気付いた。
規模が大きくなり続けるVR事業。デカいハコ。大規模なイベント。後追いや地域活性効果も含めるなら、まあそうなるだろう。
ちらりと横目にリーダーを見る。
車の窓から外を見ている。どこを見るというわけではなく視線は何も無い場所をチラチラと動いている。多分目の前にはなにかの絵が描かれているだろう。
この目をしてるやつは、こっちが及びもつかないような遠くまでの事業の絵を書いている。
あんた、社長向いとるで。
この人はそう言われても嬉しくないんだろうと思って、口を噤んだ。




