■-3.先輩と後輩
「お疲れ様です、先輩」
「おう、おつかれさん」
先輩――――びっくり箱と二人、酒を入れたグラスを雑に合わせる。
正式な内定書類を交わし、晴れて目の前のこの人は4月1日から同僚となる。
リーダーの隠れ家という部屋を内見し、流れでそのまま食事に行き、リーダーとロイドは先に帰った。
今日は先輩もこちらに泊まる。ホテルをとっても良かったけれど、せっかくだし久々に宅飲みついでにうちに泊まればと誘った。先輩が持ち込んだ酒の量が明らかに徹夜前提であることを除けば、予定通りの流れだ。
「はー、この時期はやっぱ外にでるもんやねえわ」
「一応スギはピーク過ぎたと思いますけど」
「ヒノキもあかん」
「相変わらずですね」
「春先はVRポッドから一歩も出たくないねん」
「気持ちは分かりますけど、ちゃんと出てください」
この人は本当に一歩も出たくないと言って脱水を起こしかけた前科があるので、笑い話にならない。
「で、自分いつまで先輩呼びなん」
「なんて呼びます?高木さん?」
「びっくり箱でええやろ、サザンクロスでは」
「じゃあそれで」
「まさかお前に転職斡旋されるとはなあ」
「貴方が転職したい転職したいって百回言ったからですよ」
「百回は……言うたかもしれん」
「言いましたよ、絶対」
この人は最初に入社した会社の秘書課の先輩で、会社をやめてからも交流を続けていた唯一の人だ。
お互い転職し、自分はサザンクロスへ。この人は別の会社で社長秘書に。
最近の異世界型ゲームについていけないと嘆いていたのでEFOを勧めて、そこから一緒に遊んでいる。
「ずいぶん忙しい職場だったんですね」
「単純に一人で回す量やなかってん。ずーっと言っとったんやけど聞きゃしねえ」
「それはそれは」
先輩は優秀ですからねえ。回せちゃってる間は増員来ないんですよね。
「次のやつが大変やろうけどな」
「そこを考えるのは、社長の仕事ですからね」
「せやな」
状況を共有して改善を要求し続けて、それでも突っぱねるという決断を社長が下したのなら、突っぱねた結果も受け取らないといけない。
先輩はぐびりと酒を煽って、こっちを見た。
「あのメッセージ抜粋は」
「ええ」
「そういうことで合ってんか」
リーダーに面接時に持たせたメッセージは、最近山と来るセリス関連のあれそれだ。これがまた非常によくできていて、すごい量がAI判定をパスしている。
「単純に今アレが死ぬほど多いってだけです。自己申告によると、何も無い、そうですよ」
「何も無い」
「ええ」
「嘘やろ」
「本当に」
本当に何も無いそうですよ。本当に嘘だろって思ってますけど。
「一応聞くんやけど、ロイドとはちゃうんよな?」
「そちらははっきりと違いますね、残念ながら」
「残念がるなや」
いや残念なんですよ。幼馴染のトップと副官で、副官のほうが命かけちゃってるくらいの重さがあるとか最高なんですけど。なんで違うんでしょうかね。
「ちなみに、先輩から見てどうですか?」
「ん、んー。セリスはリーダーのこと好きやろ。多分自覚もしとるんやろうし」
「なるほど?」
「リーダーは……なんて言うたらええかな。初恋に絶対に気づかないフリしとる小学生」
「ふっ」
「それか、宝物に絶対に触りたくないタイプの潔癖症」
「ああ、なるほど」
自分が触ることで汚してしまうんじゃないか、ってやつですね。
相変わらず、先輩の見る目はいいな。
「ちなみに、セリスはどの辺でそう判断しました?」
「リーダーがおるときとおらんときで空気が違う。ってかバレンタインくらいからか?笑顔が全然ちゃうやろ。あとはまあ、誰もリーダーのチョコレートメッセージを知らん。下手したら告ったんちゃうか?」
「告白までは行ってない、とは思いますけどね」
「その心は?」
「彼はそこまで行ったら隠せないでしょ」
「……せやな」
「けどまあ、匂わせるくらいはしたんでしょうね」
「そうなん?」
「ホワイトデーにさんざっぱら悩んだ挙げ句課金パックを渡したそうなので」
「阿呆か?」
「多分」
何も匂わせてないメッセージなら話題にしたはず。
匂わせメッセージを無視すると決めたならお返しには無難な物を渡したはず。
匂わせに気が付いて、気が付いても突っぱねられない状態なのに、自分のその状態は自覚できない阿呆なんですよ。
「まじで小学生かなんかか?」
「情緒に関しては、割と近いんですよね……R18ゲームなんかも触ってはいますけど、話題のためにやってる感じで楽しんでる風はなくて」
「筋金入りやな」
「三つ子の魂百までと言いますからねえ」
「そこはあんま聞いとらんのやけど、聞いてええやつか」
「オフ会では何回か話しているので、知っておいて下さい。上流の小学校に入ったら、自分の生活水準を楽に維持したいタイプのお姉様方に囲まれて言い寄られたらしく」
「小一でか?」
「ええ、新学期早々。お相手は高学年の方たちだったそうで」
「リーダーは、体格は普通やしな……」
120cmそこそこの一年生が、150cmの六年生に連日囲まれて言い寄られたら、まあ一般的な神経をしていたら軽くトラウマになるんじゃないでしょうかね。
比較的早くに母君が気付いて隔離してくれたらしく、カウンセリングも経て「触られるのはちょっと嫌」くらいに落ち着いたと聞いている。
「まあ、事情は分かった。配信で女性視聴者が多いんは平気なんやな?」
「今はもう隔意はないと聞いてます。やや潔癖だけどまあ普通範囲、くらいでしょうか。サイン会も握手会も特に嫌がっていません」
「さよか」
「女性を避けていたのは、単純にご実家の影響を抜きたかったらしくて」
「なんかあるんか?」
「私も最近ようやく聞いたんですが……セリスの加入で、セリスごと取り込もうとしたらしいです」
「はあ?」
「西生寺社長専属秘書へのゴールデンチケットが渡されたそうですよ」
「秘書業務舐めとんのか」
「本当に」
これについてはシンプルに軽蔑する。
こういう馬鹿が消えないから秘書業務が軽視されたり秘書が蔑視されたりがなくならないんだ。
「最初の頃様子がおかしかったんはそれか」
「らしいです」
そういうのは共有してくれという気持ちと、まあ落ち着くまで共有したくないだろうなという気持ちが両方ある。やや前者が勝つけれど。
「セリス周りは、また少々面倒なことになっていて」
「まだなんかあるんか」
「ええまあ……その件で来週一つ案件をねじ込みました。解決してほしいものです」
「手伝うか?」
「いえ、一旦リーダーが持ちます」
「そりゃまた面倒やな」
「ええ、本当に」
舐められると、面倒なんですよね。




