15-6.トップヒーラーと今はなきギルド
「条件に合うヒーラーが居りゃあ良いのか?」
金色の髪の大柄な男――トラキチが、こちらを見下ろしていた。
え、いや、うん、そうだけどさ。
「そう、だけど」
「いんだろ、一人」
「いるけど……いや、だってあの人は」
「俺が呼べば来るぜ?」
「そりゃ、そうだろうけど……」
「ち、ちょっと待つにゃ、トラくん」
え、何で?何でこいつがそれを言い出すの?
このゴタゴタも、関与してこないと思ってたんだけど。
ニャオ姉も慌てている。
ニンカとぽこぽこが驚愕の顔でトラを見上げた。
「お前は、それで良いのかよ」
「何がだ」
何がって、そりゃお前。
「トラ小屋が、ほんとになくなるんだぞ」
「あなたのギルド、なくなっちゃうのよ?」
ギルドトラ小屋は、現在はハムさんをリーダーとする最少人数の非公開ギルドだと聞いている。
あの人が抜けたら、ギルドとしての最小構成を維持できないので、本当に完全解散になる。人数が足りていたとしても、ハムさんが自分とトラ以外にリーダー権限を移譲するとは思えない。
100に満たない最高レベルギルドが。栄華を誇った高位ギルドが。トラとハムさんのギルドが、消えてしまう。
「っせえ野郎だな」
目の前の男が悪態を吐く。
「そんなギルドは、もうとっくの昔にねえんだよ」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「トラ小屋はサザンクロスの内部チームだ。もう1年以上も、そうだろうが」
「…………お前、ホントに変わったな」
「っせえな。いらねえのか」
立ち上がって目を合わせる。
金色の瞳は相変わらず鋭くて、だけど今日のこいつからはあまり刺々しさを感じない。
腰を折って深く頭を下げた。
「トラ、頼む。ボンレスハムさんをウチのギルドに呼んでくれ」
しばしの無言。
システムメッセージが、ギルドリーダーにアナウンスを飛ばした。
ギルドメンバー:トラキチ が メンバー招待権限 を使用しました。
――――え?
いやちょっと待てよギルドリーダーには招待送れねえだろ。
そしてほとんど時間を置かず、全体通知が鳴った。
新メンバー ボンレスハム がギルドに加入しました!
早いよ!?!?
「いや――え?」
「ちょっと、今のログ」
顔を上げてトラキチの顔を見やれば、してやったりという勝ち誇った、ちょっとムカつく笑みを浮かべていた。
「どこぞのモタモタしてる男とは違えんでな」
「おまっ……俺が断ったらどうするつもりだったんだよ!?」
ここ来た時点でトラ小屋解散してんじゃねえか!!
「断らねえだろ」
「いやことわ……らない、けどさあ!?」
「まあ俺様に権限があっから、断られても入れるけどな」
「ちょ、おまっ」
「さてはて、どういう状況でしょうか」
おっとりとした落ち着いた声が通る。
振り返ると銀緑の長い髪を後ろに束ねた彼の人が談話室に入って来ていた。
「こいつがガタガタうるせえだけだ」
「おやおや。仲がよろしいですね」
「殺すぞ」
「ふふ」
その人は金の瞳を薄く開いて、こちらを見た。
「さて……ヒーラーは、ご入用ですか?」
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EFOをログアウトしてプライベートルームに入る。
ディスプレイを出して、EFOのストレージから落としたスクリーンショットを整理する。
内装を凝ったはずなのに皆が雑多に使うものだからいつもぐちゃぐちゃとしていた談話室。ギルメンの一人がひどくこだわった錬金室。歴代最強装備を並べた武器庫。宝珠系アイテムを意味ありげに並べただけの部屋。トロフィーをきれいに並べた会議室。彼の瞳と同じ黄金に輝くギルドの樹。
そのどれにも、プレイヤーは写っていない。
遅れてやってきた龍哉はいつもどおり変わらずに、いつもの椅子に座った。
「何見て……ああ、ギルドか」
「ええ、スクリーンショットを見ていました」
いつかこんな日が来ると分かっていて、撮りためていた。
あの頃の賑いの風景がほとんどないことが悔やまれる。無精せずにいくらでも撮っておくべきでした。
「…………悪かった」
「え?」
「っぱ、一人で残すもんじゃねえだろ」
「これは、私の我儘でしたから」
ギルド解散に至り、メンバー全体で共有していたアイテムの処遇はかなり揉めた。
トラが所有権を主張したなら全員それに従ったはずだけれど、彼が要らないと言い放ったからだ。
サザンクロスに所属するメンバーが大半だったけれど、それ以外に所属するメンバーの方がアイテムを必要とする。
人気アイテムは取り合いになることが見えていて、――――もう解散するというこの段になって、メンバーの気持ちまで割れてしまうことが、とても嫌だった。
アイテムの分配は行わない、ギルドは非公開ギルドとして、私が残る。アイテム貸出が必要な人は今まで通り申請して下さい。
意外なほど反発なく、この提案は受け入れられた。
籍だけ残っている引退メンバー2人と私を残して、ギルドメンバーは全員トラ小屋を退所した。
3ヶ月ほどして大型のアップデートが入り、ギルドに保管されていたアイテムはほぼ全て過去の遺物となった。
そこから1年。あのギルドハウスには、人はほとんど立ち入っていない。
「貴方は、もうアイテムは破棄して解散していいってずっと言っていましたから」
その言葉を拒否して残留していたのは私だ。
スクリーンショットがメンバーの個室を映し出す。個人ルームはハウジングアイテムを持ち出した人もいたけれど、結構な人数が当時の部屋をそのまま置いていった。一部屋一部屋、もう名前は付いていないのに、誰の部屋だったか分かる。
300部屋もある広い広いギルドハウス。開いていない扉は1つもないと断言できる、人っ子一人いないがらんどうの城。
私と貴方が立ち上げた、ギルドランキング2位、トラ小屋。
「さみしくないと言ったら、大嘘ですけれど」
きっといつかこんな日が来るのだろう、とは、思っていましたよ。
しばらく黙っていた彼が、ふと言った。
「そういや、CCOのPC版ってまだサービスやってんのか?」
クリスタルシティオンラインのPC版……。
「え、ええと、はい、やっています。マップデータがVR版からのコンバートになったので、少し質が落ちたという話ですが……」
思考操作によらないキーボードやコントローラー操作のゲームは、それはそれで一定の人気がある。
CCOも細々とだが続いている。人口はがくっと減っているらしいけれど。
「んじゃ、今日の配信はそれだな」
「――――え?」
なんでまた……PC版CCOなんて、もう何年も触っていない。
「俺とお前の最初のギルドは、あそこにあんだろ」
一瞬言葉の意味が分からなくて、そして分かった瞬間に鼻の奥がツンと痛んだ。
「はい……はい!そうですね!」
「っしゃ、待機所作んぞ。告知打っとけ」
「はい!」
今日の配信は、久々に徹夜かもしれない。
「私、CCOに入り浸ってしまいそうです」
「馬鹿言ってんじゃねえ」
龍哉が、リアルと同じ薄い茶色の瞳を鋭く細めた。
「最前線に戻んだぞ。明日からはあのカビ生えた装備の一新作業だ」
そうか。そうだ。
どうして分からなかったんだろうか。
明日からはまた、貴方とのゲームが、始まるんだ。




