15-2.トップタンクのエクストラ
「グライド、今少しいいか?」
談話室でギルメンと駄弁っていたら、ロイドが声をかけてきた。
「おう?どうした?」
「会議室へ。少々込み入った話になる」
他のメンバーと分かれて一番小さい会議室へ入る。
ロイドからのパーティ申請、次いでウィスパーモード。
うーん、やっかいごとの予感。
ニンカとのことをどこまで配信で話して大丈夫かと聞かれた時ですら、ここまでの念の入れようではなかった。
「少々厄介なことになっていて。今はまだ他のメンバーには伝えていない。一旦他言無用で頼む」
「すげー嫌な言い方……聞かないって選択肢はある?」
「すまないが、ない。できそうなのがお前だけだ」
「さようで。まあとりあえず聞こうか」
「こちらで金額は負担するので、作ってほしいエクストラがある」
「俺避けタンクは多分できねえぞ?」
タンクは概ね全てやっているけれど、回避系キャラは操作感が違いすぎてできそうになかった。
「アコライトを作ってほしい。二次職はビショップに」
「ビショップ?」
「ヒーラーのスキル回し、お前ならできるだろう」
「…………」
最悪の言葉に、思わず眉をしかめた。
できるできないという話だけなら、もちろんできる。
パラディンもロイヤルガードも元はアコライトで、アコライトで取れるスキルは取り入れられないかと全て触っている。ビショップの専用スキルも職安でざっと触っているし、ゼロからよりはいくらかマシだろう。
少々チャージの保持が苦手なのでそこはかなり特訓がいるけれど、苦手意識を持ってから魔法職を避けているので、実際にはやってみないと分からない。
ただ、右でも左でもタンク不足が叫ばれているこのゲームで、俺を抜いてまでビショップを増やす。人を増やすのではなく内部で完結させたい理由なんて、片手で数え切れるくらいしか原因が思いつかない。
「ニャオ姉に何かあったのか?」
「あった――――正確には、これから起こる。まだオフレコで頼む。今、妊娠4ヶ月だそうだ」
「…………………え?」
「子供が生まれるとプレイはできなくなるから、その前にギルドを抜けたいと」
「いや……え、ちょ、ちょっと待てよ」
「ああ」
子供が生まれてプレイできなくなるのは、仕方ない。
二人が子供を欲しがっていることは知っていたし、そのうちニャオ姉自身が週末プレイヤーになって、最前線には行けなくなるかもしれないという覚悟はしていた。だけれども。
「抜ける、必要は、ないだろ、それ」
辞める必要はどこにもないだろ。談話室の主になればいいじゃねえかよ。
「これは俺の言葉ではなく、ニャオニャオが言ったことをそのまま伝えるんだが」
「ああ」
「――――――――」
現実だったら血が滲むだろうほどに、奥歯を噛みしめる。
「無理だ」
「それが、彼女の懸念事項だ」
それは、無理だ。絶対に出来ないという自信がある。
「他のメンバーも出来ないのが目に見えている。一旦、新規メンバーはなしで対応できないか思案している」
「最前線ヒーラーを、サブで賄うのは大分厳しいぞ」
「それでもやるしかない。基本はボタニカがやって、あいつが入れない人型でお前を差す以外、今のところ思いつかなかった」
「タンクは、今ならセリスさんがやれるか」
「こんなつもりで彼女を入れた訳ではなかったが、結果としてはそうなる」
「あんたは?」
「俺の代わりのブラマジがいるなら、もちろん俺がやる」
「悪い無理言った。いねえわ」
ブラックマジシャンはギルド内に何人も居るけれど、ロイドの代わりはいない。
というかEFOの全てを浚ってもリーダーの相方の代わりはいない。
『みんなは、わたしがギルドにいる状態で、新しく入ったヒーラーの人を、メインヒーラーってちゃんと呼べるの?』
呼べるわけねえだろ。
絶対に一生呼ばないという自信がある。
ニャオ姉が本当に談話室の主になって、最前線どころか周回チームの手伝いすらしなくなっても、彼女のことをメインヒーラーと呼び続けるに決まっている。
それが、新規の人にとってどれほどストレスであっても、隣に彼女がいたら絶対にそうする。
だから出ていくしかないって、覚悟決まりすぎかよ。そういう所はかっこよくなくていいんだよ。
俺達のこの態度が、あの人をギルドから追い出すのか。
「正直、彼女が完全に出ていった場合のギルドの崩壊具合がどの程度か、予測できない。名前だけになったとしても、可能であれば在籍し続けて欲しい」
「そりゃあそうだ」
「今いるメンバーからヒーラーを選出するのであれば、メインヒーラーと呼ばれなくても大丈夫だろう、というのが、こちらの意見だ」
「言い分は理解した」
「サポートメンバーのセージかビショップ……無卿かゴーヤーあたりだな。そのあたりに前線ビショップになれないかは打診するが、2,3ヶ月でモノになるかは不明だ。2ヶ月でモノになって、状況が落ち着くまで場をつなげるプレイヤーが要る」
「……それで俺か」
「グライド以外の適任がいたら教えてくれ。俺は他に思いつかない」
「そいつは、また……」
死ぬほど嫌な役目だな、おい。




