12-8.騒がしい先輩たち
まりも視点
ギルドハウスに戻ると、談話室に主要メンバー4人が雁首揃えて待っていた。
どんな気持ちでその面してんだろう。いい加減にしてほしい。
「……おかえりなさい、先生」
「うん、戻ったよ」
レイ先輩のひどく不機嫌なおかえりなさいに、先生は普段より一層凪いだ声で返した。
「なんで、呼んでくれなかったんですか」
「質問に質問を返して申し訳ないんだけど、どうして呼んでもらえると思ったんだい?」
"先生モード"のアルマジロ先生が、先生の笑顔で質問をする。
4人全員がぐっと声を押し殺した。
「一応質問にも返しておこうか。正体不明情報不確定新規ボスに、連携の取れないメンバーで行く気がないからだよ。他に質問はあるかい?」
「……サザンクロスに、話したんですか」
Groovy先輩が言う。先生はその質問には、少し困った顔をした。
「私からは話していない」
「じゃあ何で」
「向こうが勝手に気づいた」
「あのクソ天才どもっ!」
「まあ、気づいたのはセリスさん一人だったよ。他のメンバーはぽかんとしてたね」
「あの人も天才系かよ。いや知ってたけどさ」
「――――これはギルドの決定だと思って聞いてほしいんだけれど」
先生のその言葉で、悪態をついていた全員が黙って、
「私のことを、公表しようと思う」
そして全員が一斉に顔をしかめた。
「ボスが倒せなくなってきたというのもあるし、これを機に構成を大きく変えたい。しばらくは試行錯誤が続くと思うけれど、ついて来てくれるかい」
「そりゃ、先生がいいならついていきますけど」
「ギルラン、また落ちるかもっすよ」
「他の手とか僕はちょっと思いつかないので……」
全員がぽつぽつと返事をするなか、一人みるみる顔色をなくしていく彼に、先生が声をかけた。
「レイ」
「…………はい」
「これを、受け取ってほしいんだ」
インベントリから差し出されたのは、白紙の奥義書――スキルポイントの振り直しをできる、課金アイテムだった。
「お、おれっ」
「レイ、落ち着いて、深呼吸して、吸って、吐いて、吸って、吐いて」
先生が先輩の背中を擦って優しく声をかける。
先輩は真っ青な顔のまま、とりあえず呼吸は少し落ち着いてきた。
「レイ、私はね、お前にもゲームを楽しんでほしい」
「おれっ先生と一緒にボスやるの、楽しいです!」
「私とボスしかできない構成で、いてほしくないんだ」
「そんなの!」
「私が、嫌なんだよ。レイ。――――あの日、一緒にゲームやりましょうって、誘ってくれただろう」
あの4月1日。グループメッセージで誘われた、あの会話だ。
「あの日に誘ってくれて、一緒に遊びたいと言ってくれた、それはさ。きっと、こんなじゃなかったと思うんだ」
少しだけ、心の奥で思っていて、だけど蓋をしていた。
「私も悪かったよ。みんなが一生懸命考えてくれて、そして上手く行った――上手く行ってしまったことを、強く拒絶できなかった。教師にあるまじきことだ。本当に申し訳ない。どうせすぐに使えなくなるだろうと高を括っていたし、私の限界も来るだろうと思っていた。それが、こんなところまで来れてしまって……引くに引けなくなってしまった」
先生の温かい声がお腹の中にぽたぽたと、雫のように落ちていく。
「いつか誰かが幕を引かないといけない。それはきっと今だし、私がやらなければと思ってる。だから、レイ」
真っ白な本をもう一度取り出して、先輩の手に握らせて、
「受け取ってほしい。それから――――俺と、一緒に遊んでくれ」
先生が、あー、と頭をかいた。
「教え子の前で口調を崩すのはやっぱりちょっと難しいな」
「もう、教え子やめて5年くらいですけど」
「いつまで経っても教え子は教え子だよ。同窓会なんて行けば、酒の飲めるようになった生徒と定年退職した先生が、今でも生徒と教師なんだから」
くすくすとした笑いが広がって、空気が少し緩んだ。
「先生の件は分かりました。ボスとか、どうします?」
「全体的に構成を探りながら、私は参加できるボスだけ行くことになるかな。普通のギルドと同じになるだけだよ。しばらくは構成変更でばたばたするだろうけど……みんななら取り返せる」
「まあ、いつまでもアイツラに2位の席あげるのも癪なんで、サクッと超越取って2位も取り返しましょ」
「うん、それがいいだろうね。それから、私のためにストップしてもらっていた動画投稿だけど、全面解禁する。全員成人したし、タイミングもちょうどいいだろう。良識の範囲で好きにやりなさい」
数人がおお、と声を上げた。
これについては私の誕生日が先月だったので、どのみちここまではNGだったんだろうなと思う。
「じゃあサクッと超越取りに行きましょ!」
「ああ、行ってらっしゃい」
先生がいい笑顔で言った。
「え、え?先生も行きましょ?」
「いやいや、私とまりもはもう取り終わったからね。サブキャラの超越は後日でいいし。何より今日はもう疲れたよ。君たちで行っておいで」
「え……………え?」
「え?まりも一緒に行ってくれるよね!?」
「行かないよ?私終わったし」
つん、とわざとらしくそっぽを向くと、皆が明らかに焦りだした。
「え、えええええ!?なんか怒ってる!?」
「むしろ怒ってないと思う?」
「あ、えーと…………」
先輩の目が泳いだ。
ここ丸一ヶ月くらい、そっちのけにされて、先生の制止も聞かずにギスギスしていたんだから、これくらいは言っていいだろう。
「ちょうどいいし、レイの構成考えつつ4人で連携取り戻しておいで」
「最新ボスはちょうどいいじゃないと思うんすけど!?」
「ああ、そうだ、あとコレなんだけどね」
先輩たちの文句を余所に、先生がモントリーの腕輪を取り出した。
ゲーム最序盤に、全員でおそろいで作った、当時の最前線装備だ。
「流石にもう前線には持っていけないだろう?全員の超越が終わったら、最新装備でまた何か作ろうか。全員で、またおそろいにしよう」
「~~~~~!分かりました!分かりましたよ!4人で行ってきますよ!速攻でクリアしてやりますよ!!!」
「うん。第二形態は私も見ていないから、土産話を楽しみにしているよ」
「――――先生!」
Groovy先輩がぐしゃりと髪を掻いて、それからぴしりとこちらを向いた。
「あの……ご迷惑、おかけしました!」
「すみませんでした……まりもも、ごめん」
4人がめいめい謝罪を口にして、頭を下げた。
「……流石に、こういうのはこれっきりにしてもらいたい。あと他のメンバーにも自分で謝罪するように」
先生は仕方なさそうに息を吐いた。
「はい……本当に、申し訳ありませんでした」
「私もまだまだ未熟だけれど、振り上げてしまった拳の下ろし方は、いつも考えるようにね」
「先生でまだ未熟なんですか!?俺一生ムリでは!?」
「一生考え続けるタイプのものだから、仕方ないさ」
先生がいつも通りに笑った。先輩たちはそれで安心して、肩を並べてレイ先輩の構成を相談し始めた。
「さて、他の人達への通達もしないと」
「お手伝いします」
他のメンバーへの文面を考えて書き出していく。
「だああああかあああああらあああああMP効率考えろ!EFO初心者か!?」
「先生いねーんだからそんなバカ火力にしたら敵意貫通すんだろうが!」
「ちょっまっ、え、こんな火力で敵倒せんの!?」
「お前ヘイト管理大丈夫か!?今回タンク俺なんだけど!?」
後ろから聞こえる一ヶ月ぶりの馬鹿騒ぎが、とても煩かった。




