12-2.トップレンジャーと雷鎚の願い
雷鎚の神ボルナデラを倒す。
ストーリー進行用に調整されていて、普通に戦闘するより随分弱かった。その代わりドロップはないので、まあそうだろう、という感じだ。
世界がセピア色に染まっていく。
今回も来る。神を倒した後いつも現れる――少々、ネット上で賛否の分かれている、ストーリーが。
ボルナデラにそっくりな老人の男が、穏やかな笑顔でこちらを見た。
『また来たのか。はは、いい日に来たな。明日から収穫だ、存分に手伝え』
背後には夕暮れの田園。重く頭を垂れる一面の稲穂。あぜ道を子どもたちが駆け、親に呼ばれて家の方へ戻っていく。
『稲妻鳥の飼いならしが上手く行ってな、豊作だよ。これで問題なく冬を超えられる』
しかし彼は突然咳き込み――その口から赤黒い何かがこぼれた。
『ケホ……ああ、心配するな、流石にもう年だ。……私だけは、冬を越せないかもしれない。――そんな顔をするな。摂理だ。人はやがて死ぬ。孫に囲まれて座敷の上で最期を迎えるなど、50年前には考えもしなかったが、悪くないものだ』
その顔は優しい。最期を無理なく穏やかに受け入れている、そのことがよく分かった。
『お前は、相変わらずか。大願を阻む気はない。この体では手伝うこともできないがな』
横に置かれた戦鎚を撫でる。この老人が持つには、少しばかり重たいのではないかと思わせた。
『1つ、折り言って願いがある。お前にしか頼めない。他の連中には他言無用だ』
男がすっとその表情を引き締めた。
『私が死した後――そんな顔をするなと言っている。死んだ後だがな』
システムのアシストか、それとも本当に飲まれているのか、嫌な予感が胸を渦巻く。
『私がかの◆◆◆に見初められたら、どうか滅ぼしてほしい』
何に見初められたらと言った?なぜかそこだけが聞き取れない。
『私は摂理の内側で死にたいのだ。神になど、なりたくない』
神に……なる?
『お前にしか頼めない。分かってくれるな』
なぜそれをオレに頼んだ。
『――――ありがとう、これで安心して逝ける』
いかないでほしい。たったこの数分の会話で、寂しさが膨れていく。
『大願を成せ。お前に、◇◇◇の加護を』
「倒してきた神は最初は人だった、ここはまず確定でいい」
ロイドの言葉に頷く。
「名称不明――仮称上位神としようか、それに見初められると死後神様になる。おそらくだけど、人から崇められるような功績があると神様になる感じかな」
「あんまり、いい扱いじゃなさそうだけどな。権能は生前に準拠してるのに、在り方が歪んでる」
死後神になる系の話は神話としても物語としてもよくあるけれど、EFOのこれは結構胸糞が悪い。
ストーリーのない剣神リフェルや、魔神ラフェルは、元はどんな人だったのだろうか。
「もう一柱、おそらく対になる上位神がいるな。そちらはプレイヤーに加護をと願うような存在のようだ」
「作中神話系ってなると、やっぱ図書館いかなきゃだな……」
「うーん、でも今図書館な……」
同じことを考えたプレイヤーが図書館にごった返し、30まである分割チャンネルの全てがパンク寸前だ。
図書館自体が外部のフリー書籍サイトと繋がっているので図書館部分は簡単に増設できないらしく、未だにチャンネル増設の話が出ていない。
アーカイブやユーザーWikiを確認するけれど、概要はあるけれど詳細な文言は載っていない。
概要も、転載がちょっと面倒なのもあって歯抜けだ。
頭を抱えていると会議室の扉が開いて、藍色の髪の少女が顔を出した。
「ストーリー終わりました~!」
「おつかれー」
藍色の髪のアサシン、セリスだ。今日は学校は入試期間でお休みらしく、平日のこの時間だけどログインしていた。
他のメンバーの都合がつかないので一人でストーリーに行ってきたらしい。手伝うと言ったんだけど、詰んだら頼みますとだけ言って出かけていって――本当に2時間で帰ってきた。
「フィツィロのクエストってとりあえず受けちゃっていいやつでしょうか?」
「受けちゃって~。まあまだな~~~んも分かってないんだけどw」
「一番ありそうな霊峰が空振りって話でしたもんねぇ」
リーダーと彼女が会話している。
先日見た時は随分硬い感じだったけど、ここ数日はかなりこなれた会話をするようになって、ちょっと安心した。リーダーでもああいうことあるんだなーと言っていたら、ニャオ姉に微妙な顔をされた。なぜ。
「神話関係調べようかと思ったんだけど、図書館パンクしてんだよなーって話をしてたとこ」
「今中にすら入れないんでしたっけ?」
「入ったプレイヤーがほとんど出てこないからな……昼のログアウト待ちで入口前もパンクしているらしい」
「じゃあ、アルマジロ先生にでもお声がけしてみますか?」
一瞬ぽかんとして、なるほど、と思った。
「以前、設定関係の本はすべて読んでいるとおっしゃっていたので……あ、でもあちらもお忙しいですかね?」
「アリよりのアリだな、声かけるだけかけてみるわ」
「ああ、今ログインしてるんですね」
「先生は、今年度いっぱいは木曜はいるって言ってた」
「あちらはあちらで攻略しているんじゃないか?」
「聞くだけならタダだしいいだろ――っと、え?あー、まあいいか、来るって」
どうやらくまさん先生はすぐにこちらに来るらしい。
リーダーが何やら設定をいじるように手を動かすと、会議室のドア前に大剣を背負ったくまの獣人と、白いローブを羽織ったビショップの少女が転送されてきた。
「お招きどうも」
「おじゃまします」
「いらっしゃい先生、まりもさん」
「すみません、そちらもお忙しかったのではないですか?」
「いや、全然。ちょっとギルド離れたかったから、丁度良かったよ」
「わたしが軽率なことを言ったばかりに……すみません……」
「まりものせいじゃない」
「噂には聞いてるけど、マジで荒れてるの?大丈夫?」
リーダーが少しばかり真剣な顔で気遣う。
ですぺなるてぃが荒れている、という噂はオレの耳にも届いている。
――――実に1年ぶりに、ギルドランキング2位の変動が起こった。
「えーと、なにかあったんですか?」
「誰が先生と結婚をするかで、競争が始まっていて……」
「結婚って、ゲームのウェディングですか?」
「そうです。先生とおそろいの結婚指輪が欲しいって、みんなが、ちょっと……」
「正直、今のギルドで新ボスには挑めないね。私がギルド内にいるのも良くない空気だから、お招きいただいて助かったよ」
「ですぺなはそういうのとは無縁だと思ってたわ」
「少々不幸な事故が重なって……いや、やめよう。こっちのギルドに持ち込む話じゃないんだ。ええと、ウチのギルドでいま動けるのは私とまりもだけなんだけど、いいかな?」
「いいというか、先生のお知恵を借りたい感じなんで、戦力としては特に気にしてないよ。――改めて、来てくれてありがとう」
「詳細はこちらでってことだったけど、フィツィロの居場所がわからないって話で合っているかな?」
「あっています」
「神話関係拾いに行かないとだめだなってとこで話は一致したんだけど、図書館はいれねーってなってるとこ」
「ああ、なるほどね」
「アルマジロ先生は設定資料全部読んでいると以前おっしゃっていたので」
「言ったねえ」
ほんとに読んだんだ、すげ~。結構量あったはずだけど。
先程からいろいろなウィンドウを立ち上げているセリスが、とりあえず聞きたいことがあって、と言った。
「太陽がモチーフの話って何がありましたか?」
「太陽……?」
リーダーが首をかしげる。
「たいようってあの太陽?空の?」
「はい、その太陽です」
オレの質問にも、そうですが、とごく当然のように言う。
「えーと、何で?」
「え?」
「え?」
「新ボス、推定ラスボス関連ですよね?」
「え、うーん、まあ、そうね多分?」
ラスボス本体ではなさそうだけど、眷属的ななにかなんじゃないかとは思っている。
2年経って、ようやっとラスボスのチラ見せかな、まあ大規模MMOならそんなもんか、くらいの感じだ。
"頭良すぎてようわからん筆頭"
"当たり前の様にやばいこと言い出す爆弾"
"爆弾発言しかできない病重症患者"
「――――ラスボス、太陽ですよね?」
さんざんな言われようだなと思っていた言葉が一瞬頭を過った。




