11-6.トップファイターの舌打ち
セリスが落ち、トラの猛攻を紙一重で耐え続けていたロイドと彼の隙間にリーダーのランナップソードが割り込んだ。
トラの顔がわずかに歪む。音は届かないけれど、おそらく舌打ちしたのでしょう。
ロイドのトリプルキャストバレットが降り注ぎ、正面からリーダーの五月雨斬りが発動し、試合は終了した。
「…………流石にさ」
「チッなんだ」
「対人戦経験一桁、ファイター始めて2週間って子には、負けねえって」
「竜舌蘭は少々焦ったが、まあ、そうだな。ジャストガードも間に合っていた」
「あの、すみません……」
「いやセリスは何も悪くないから。この暴走機関車が無茶苦茶だっただけだから」
「いえ、ロイドさんが落ちるまで保たせろとだけ言われていて、後ちょっとだったと思ったんですけど……」
「おいトラ」
「あ"?」
「それ俺との1on1でいいだろうが関係ない子巻き込むな」
「てめえがペア戦ならいつでもやるっつったんだろうが」
「ハムさんと来いって意味だよ!分かれよ!?」
やいのやいのと言い合いをするトラとリーダーを横目に、彼女に近づいた。
「お疲れさまでした、セリス」
「あ、えと、お疲れ様です、ハムさん。すみません、負けちゃいました……」
「いえいえ、いい試合でした。あと2ヶ月も練習すればロイドが落ちるところまでは見れますよ」
「…………」
彼女が曖昧な顔で微笑んだ。
なるほど、本当に困った時はその顔になるのですね。
「真面目に、ファイターをされるおつもりは?」
「サザンクロスでそれを求められるならやりますが、そうでないならさほど真面目にやるつもりはないんです」
惜しいですねえ。本当に、二人目の武器チェンジファイターになれる素質があるのに。
「ああそうだ、おい」
リーダーとの言い合い最中の彼がこちらを向いて、声をかけました。
いえ、これは私ではないですね。
「セリス、呼んでいます」
「え、あ、はい、私ですか!?」
「お前、ウチのチーム来い」
「へ?」
「はあ!?」
「ちょっと待てトラキチ、そこは勝手に決めるな」
セリスは困った顔で私を見てくる。
私は良いんですよ、置物だと思って頂いて。
「あ、あの、それは、どういう……?」
「言葉通りだ、トラ小屋チームの方に来い。武器変ファイター有りきの構成だから、後衛が動きやすい」
「いや、あの、私はサザンクロスの……」
「ウチもサザンクロスのチームだ」
「都合の良いときだけサザンクロス名乗りやがって」
「お前もその方が都合がいいんじゃねえのか」
リーダーの悪態を余所に彼が言葉を重ねる。
彼女の体が一瞬だけこわばったのが分かった。
「どういう意味だ?」
「…………」
「……………………」
ロイドの疑問には誰も答えず、彼女はしばらく目を彷徨わせた後、また先ほどと同じ曖昧な笑顔を浮かべた。
「いえ、私は、そちらのチームには行けません」
「……いいのか」
「はい、お気遣いありがとうございます」
トラはガシガシと頭を掻いて、それから舌打ちを一つだけした。
「ウチのチームのまとめはそこの馬鹿だ。いつでも来い」
「あの、ですからいかな……いって言いたかったんですが」
トラはまた返事を最後まで聞かずにさっとログアウトしてしまいました。
「なんなの、あいつ」
「セリス」
「え、あ、はい、何でしょう」
「本当に、いつでもどうぞ。御相談だけでも」
「ハムさんまでウチの新人持ってかないでくれますー?」
リーダーが眉根を寄せて文句を言う。
全く、誰のせいでこんな提案をしていると思っているんでしょうか?
セリスはまたあの曖昧な笑顔のまま、そっと人差し指を、一瞬だけ、口元に立てた。
肩を竦めて男二人を見る。ロイドは相変わらず、表情があまり読めませんね。
「ではまた、そのうち。ああ、動画はご自由にどうぞ。彼は気にしません」
まだ何か言いたげな彼らを残して、ログアウトを選択した。
EFOをログアウトし、そのままプライベートルームへログインする。
リアルアバターの彼は既に待っていて、今日の録画の確認をしていた。
「フェイント対策は難しかったか」
「まぁ仕方ありません。あと一週間あればもう少し何とかなりましたが」
「無理だな、今週がリミットだろ」
「でしょうね」
瞬間的にではありますが、今最も注目されているプレイヤーですからね。
今週が間違いなく最後のチャンスでした。
ここ1週間ほとんど一緒にいた少女を思い返す。
桃色の髪に朱色の瞳。春めいた色合いにすっと通る声。女性平均か、平均よりやや低い細身の体に、リーダーからのお下がりだという装備を大切に着込んでいた。
どうにも空元気の否めない動画、大会で話した彼女からは考えにくい動画での発言、会ってみればやはり周囲を気遣い過ぎる言動が目立つ固い笑顔、若干の寝不足を感じさせる動き、明らかに片方向を気にした視線。まあ、十中八九といったところでしたが。
「ご内密に、だそうです」
「話したのか?」
「いえ、最後に、ジェスチャーで」
彼女がしていたのと同じ、唇に人差し指を当てる動作をすれば、トラは眉根を寄せた。
「…………あいつらは」
「ええ」
「馬鹿なのか?」
「まあ、可能性はありますが……この件はロイドも当てになりませんし」
リーダーはリーダーで、うっすら女性不信ですしね。コレについては実家が悪いとしか言いようがありませんが。
「後半は寝不足も解消されていたと思いますし、来週から色々忙しくなれば、多少マシではないですかね」
余計なことを考える時間がなくなれば多少は改善するでしょう。考えれば考えるほどドツボに嵌まる性格のようですから。
ウチのチームに入ってしまうのが一番良かったことは事実ですけれど。
はあ、という大きなため息と、それから舌打ちの音が響いた。
「ゲームは楽しく、が聞いて呆れる」
「大会の時は純粋に楽しそうでしたのにね、たった1週間で何があったのやら」
まあおそらくは、実家が余計なことをしたのでしょうけれど。あそこはリーダーに結婚して欲しいの欲しくないのか、どちらかにしていただきたいですね。
「……まあいい、やりたいことは終わった。これ以上は知らん」
「ええ、それでいいでしょう」
――馬に蹴られるのは、御免ですからね。
ボンレスハム
緑がかった銀の長髪に金色の瞳。
現ギルドトラ小屋(非公開ギルド)ギルドリーダー。
トラ小屋解散時、トラキチからギルドリーダーを引き継いで残留した。
「ギルドとして保有し多人数で共有使用していたアイテムの管理・貸出」という名目で居座り続けている。
非公開ギルド
いわゆる身内ギルド。ギルドランキングやギルド検索などにかからない状態のギルドのこと。




