11-1.紹介動画の向こう側
「龍哉」
「あ?」
声を掛けると、彼がディスプレイから顔を上げてこちらを向いた。
「面白い動画が上がりましたよ」
「どこだ?」
「サザンクロスです」
チッという舌打ちが聞こえる。
本当に、嫌いですね。
「例の、貴方のお気に入りの彼女の紹介動画です」
「雑談じゃねえか」
「ええ、――――武器チェンジファイターの解説をしています」
ぎしりと椅子がきしむ音とともにこちらに彼が来る。
席を譲ろうとしたのに、そのまま後ろから覗き込んできた。
『あの実はトラキチさんの動きって今まで動画とかちゃんと見たことがなくて。この間の大会で初めてちゃんと見たんですが、武器種を切り替える戦い方は結果的にそれが最適解だからやっているだけで、たとえばなななさん相手には拳しか使わなかったですよね』
ぺらぺらと早口で喋る彼女と反比例して、周囲四名がすっと黙り込んでいく。
どうやら予定外の話らしい、というのが、ロイドの表情から分かった。
『私は戦闘っていうのは根本的には確率の問題だと思っていて、相手は確率的にどの行動をとってくるのか、という面が強いと思うんです。というかそうでないとそもそも相手の挙動を見てから回避やガードって間に合わなくて』
MMOを始めて11ヶ月と言っていましたか。本当に素晴らしい戦闘勘ですね。だからこそ避け毒アサシンなどというキワモノで生きてこれたのでしょう。
『トラキチさんのすごいところはそれを音で補完しているところで、彼の中では多分次に来るスキルは99%これ、まで行ってるんだろうなって。3位決定戦はそのことに気がついて、じゃあ思いっきり確率外の行動で、確率外の場所から音が鳴ったら行けるんじゃないかって行動したんですけど』
ええ本当に、肝が冷えました。
真剣に戦闘している彼に奥義を当てられる人間がどれだけいるのか、彼女は多分分かっていない。
『確率の話なんですが、まる二日くらいファイターやってみましたけど、画面見えない状態で確率だけを頼りに行動すると9割くらいしか当たらないんです。9割も8回も繰り返せば確率は50%まで落ちてしまうのですみません喋りすぎました』
もう2時間位彼女の思う武器チェンジファイターの話を聞いてみたかったのだけれど、進行が流れてしまう。
残念です。
「――――へえ」
頭の上から彼の声がする。
顔は見えないのだけれど、笑っているのだろうことが声で分かった。
「動画公開と同時に、つぶやいたーのアカウントが来ていますよ。スケジューリングはドリアンがするようです」
「俺の予定は」
「当面土日なら予定はないですね。平日は何件か打ち合わせがあります」
彼が即時に端末を手にとって書き込みを行う。
おや、貴方が自分で迎えに行くのですか。
「ご一緒しても?」
「好きにしろ」
土曜日の14時過ぎ。
指定されたチャンネルは17番。人のまばらなチャンネル内でトラに連れられて現れた彼女は、桃色の髪に朱色の瞳をしていた。
「こんにちは。――見た目をすべて変えていらっしゃるのですか?」
「あ、ど、どうも……髪と目の色だけ、変えてます。後からでも変えられるって聞いたので、毎回結構遊んでて…」
「変更、基本的には課金ですよ?」
「まあ、そのときはその時というか……こういう予定じゃなかったので……」
いやはや、可愛らしいお嬢さんだ。
……さて、今日はトラと彼女のデートのはずですが、後ろのお邪魔虫はいったいなんでしょうか?
「貴方方も来たんですね」
「まあ、さすがにセリスとトラ二人にはできねーだろ」
「それにゃー」
金髪碧眼のソードマン、リーダー。
茶髪の猫人のビショップ、ニャオニャオ。
「ビショップは私がいるので、必要ないですよ?」
「戦闘には参加しないにゃ。期待の新人を潰されないようにきてるだけ」
「つぶさねえっつの」
「前科四十五犯が何言ってやがります?」
ニャオニャオの目線が鋭い。彼女は未だに結構根に持っていますからね。よくまあ彼の所属を許したものです。
「まあ、トラがいいなら私から言うことはないです」
「口出さねえなら好きにしろ」
トラが彼女とフレンドコードの交換をする。
――――おや、思ったよりも本気ですね。
「一人称視点配信をしろ」
パーティを組んでいる我々全員に、彼女の視点が通話で送られてきた。