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10-4.今日のランチはフレンチのコース~頭の痛くなる話を添えて~

「お久しぶりね、ロイ君」

「ご無沙汰しております、奥様」


 月曜日の昼食時。

 親友(ロイ)はモノトーンで統一された服を着てやってきた。

 ごくシンプルな装いだけど、顔がよくて背も高いやつは何着ても格好いいからそこはズルだと思う。ファッション誌の仕事が一定数来ているのだが、受けようとしない。

 こちらはサンドベージュのVネックセーターに細身のトラウザーズという無難な格好で来たら、母さんは少々不満そうだ。息子(おれ)ファッション(そこ)を求めないで欲しい。


 年末年始で互いにかなり忙しくしていて、特に両親はあちこち飛び回っていてほぼ家に居ない。先日のパーティーですら、母さんとは私的な会話はしなかった。

 一応住民票的には同じ家に住んでいるのに、こうして顔を合わせるのは2ヶ月ぶりくらいだろうか。


 通されたのはお友達のおすすめというフレンチレストランの個室で、給仕は滑らかな所作でアミューズを並べていく。


「ここはワインも美味しいのだけど、昼からというのもね。これはちょっとめずらしいぶどうジュースなの、どうかしら」

「美味しいです。香りが若いワインのようですね」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。今度ウチで買い付ける事になったの。いくつかのレストランで試験的に入れてみるつもり」

「へえ、いいんじゃない。妊婦さんとか喜びそう」

「車の運転をされる方も、お酒の雰囲気を楽しめるだけで食事が楽しくなったりするものね。ノンアルコールは拡充方向で行こうと思っているの」


 にこにこと朗らかな笑みを浮かべて楽しそうに料理を食べ、食事の感想を言い、新しい事業の話をする。時勢の話が少しまじりつつ、和やかな雰囲気の母さんがたくさん話す。



 ――――これは、やばい。



 表情は完全な笑顔で、いっときも崩さない。

 自分のことを優先的に喋り、こちらに会話のボールを渡さない。

 会話の内容が目の前の食事の話や事業の話で、私的な近況の話が入らない。

 経験上、こういうときの母さんはすげえ怒っている。

 今回は俺なんもやってないと思う。やってないって信じてる。流石に服が母さんの好みじゃなかった程度でここまでは怒らないと思う。

 背中に冷や汗をかきながら食事を飲み込む。


 最後にデセールが運ばれてきて、俺の前にコーヒーが、母さんとロイの前に紅茶が置かれ、店員が完全に退出した。



「さて」


 いちごのムースケーキにフォークを入れて、母さんが言う。


「先に二人に、謝らないといけないの」

「……母さんに謝ってもらうこと、特に思いつかないけど」

「川内紬さんのことよ。あの人が暴走しちゃったみたいで、迷惑をかけたわね」


 はくりと口に入れたケーキの味がどこかに消えた。


「ご存知でしたか」

「ええ、本当に、やってくれたわ。あの人がここまで何も分かってないなんて思わなかった」

「何があったのかは、お伺いしてもよろしいので?」

「ロイ君はともかく、そこの息子は知っておきなさい」

「うへ、……はい、なんでしょう」

「あなた、絵理奈と最近連絡取ったかしら?」


 絵理奈姉さんか。最後に連絡を取ったのは二人目が生まれて2ヶ月の時だから、


「んっと、半年前?に幸人君の出産祝い届けに行ったっきりかな?乳児いる家に頻繁に連絡取るのもね」


 乳児育児の忙しさはその子によるし、俺が行っても手伝える訳では無いし。余裕ができたら連絡くれとは言ってあるので、一人目の感じ的にはそろそろ何か言ってくるんじゃないだろうかと思っている。


「あの人もソレくらい冷静だったら良かったのに……二人目の幸人君、男の子でしょう?」

「そうだね?」

西生寺(ウチ)の跡継ぎにしないか、って言い出してね」

「あー……まあ、言いそう。義兄さんとこは女系強いしね。結花ちゃんでも継ぎやすいだろうし」

「そう、それだけならただの孫馬鹿で済んだのよ」


 え、なに、怖い。

 口を付けたコーヒーが全く楽しめない。


「うちの養子にしないかって言い出したの」

「んぐっふ、げほ、げほっは?え?げっほ」

「おい大丈夫か!?」


 思いっきりむせ返った俺をロイが労る。

 母さんはすんとした無表情で紅茶を飲んだ。


「それも冗談じゃなく大真面目にメリットを並べ立てて言ったらしいの」

「いや、え、けほっ、うそ、だろ?」

「それで絵理奈も幸彦君もカンカンに怒っちゃって」

「げほっ、そりゃ、けほっ、怒るよ、普通」

「その日はわたくしがその場に居なかったものだから事態の把握も遅くなっちゃって」

「いやそれっ母さんいたから、なんとかなる、けほっ、レベルの、話?」

「少なくとも桜花会で初めて聞いて謝罪が1ヶ月後になるなんて事はなかったわ」


 うっわー、やべえ話がこじれてる。

 桜花会はうちの閨閥の集まりだ。つまり他の親族は知っていて、母さんだけ知らなかったってことになる。


「なんとかわたくしからの謝罪は受けてもらえたんだけど、あの人は一生この家に連れてくるな、二度と孫に近づくなって、向こうのご両親からなにからカンカンで」

「いや、当然の対応だと思う」

「そうね、わたくしが当事者だったら同じことをするわ」

「その、よもやとは思いますが、最近やけに理人の結婚に積極的なのは……」

「孫に会えなくなったから、会える孫が欲しいのよ」

「信っじらんねえ……」


 我が父ながら絶句が溢れた。信じられない。人のことなんだと思ってんだ。


「本当に、どうしてそうなったのか分かっていないのよ。ずっと先の未来に西生寺を名乗らせたいと伝えたなら、向こうも孫馬鹿に多少注意する程度で済ませてくれたでしょうに。そういう言葉選びができないの。そもそも今時分にする話じゃないってわからないの。相手の気持ちを汲まないの。子どものものは自分のものだと未だにずっと思っているの。どうしてああなのかしら。50も過ぎて。還暦も見えてきて。全く分かってないの。わたくしには気遣いをするのに。取引先にはきちんとできるのに。仕事の指示ではできるのに。自分の子供ならいいだろうってずうっと思っているの。子供だって一人の人間で、互いの生活や譲れない事があって、その線は互いに超えてはいけないってわからないの。そして事ここにきても、自分が失言をしたとちゃんとは理解していないの。そのうえで代わりは欲しいの。絵理奈が言うことを聞かなくなったなら、今度は理人ならいいだろうって思っているわけ。本当に信じられない」


 OKOK、母さんがこっちの味方なことは理解した。

 人払いが完全な理由も理解した。その上で


「そのしわ寄せを食らってる俺の身にもなって欲しい」

「ええ、ええ。だから、ごめんなさいね。ちょっと大きめの釘は刺しておいたから、紬さんの件はコレ以上はなにもないわ」

「一応、どんな釘かお伺いしてもいいでしょうか?」


 ロイが薄い笑顔を崩さずに言う。


「ご自分の専属秘書に、ずいぶん若い女の子を、面接もなしにお入れするのですって?わたくし何も聞いていないわ――って、言ったのよ」


 パイルバンカーみたいな釘が刺さったな。


「理人の嫁候補でって言ってたけど、あなたの専属秘書になったら周りはそうは見ないわ、わたくしも。と言ったら、ずいぶん慌てていたわ。先方にはわたくしからお詫びを送るから何もするなと言ったから、流石に何もしないはずよ」

「ありがとう母さん、安心した」


 父さん、母さんには弱いからな。浮気疑われたら流石に焦るか。


「お詫びの品は送っておきたいのだけど、わたくし名義だと気を使わせると思うから、あなたがやってくれる?」

「分かった、やっとく」


 ようやく味のわかるようになったコーヒーを一口飲み、ふうとため息を吐いた。


「あなた達の要件も、済んだかしら」

「済みました。こちらもご相談が遅くなって、お手数おかけいたしました」

「いいのよ。元はと言えば全てあの人が悪いから。さて、本当はこのままあなた達の大会の武勇伝でも聞きたいところなのだけど、生憎午後も予定が詰まっているの」

「そりゃ大変だ。御暇しましょう」


 本当にこの話をするためだけに時間をねじ込んでくれたらしい。

 来るときに送ってくれた車はこのまま母さんを乗せて本社行きで、いつの間にかもう一台回されていた車に乗り込んだ。

 後部座席にぐったりと背を預けると、堪らえようもなく大きなため息が出た。


「そういう話は共有してくれ……」


 いくら忙しかったとは言え、メールなりメッセージなりなんか共有方法があっただろ……。


「まあ、時期の話を聞いていないから、謝罪を受けてもらえたのが最近なのかもしれない」

「ああそっか、そういうこともあるか……」

「紬さんへの連絡、任せていいか?」

「いいけど、珍しいね」


 業務連絡は基本的にはロイからしている。

 セリスとの連絡も全て任せていた。


「今回の件はサザンクロスからではなく、西生寺グループ令息の理人から連絡するべきじゃないかと」

「それもそうか。俺からメール……電話のほうがいいか?」

「一旦メールにしておけ、紬さんの父君の誤解が完全に解けたかどうかも分からない。文書のほうが証拠になる」

「それもあった……」

「明日初回収録があるから、可能であれば今日中に頼む」


 クソ親父の尻拭いは、もう少し掛かりそうだった。



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