閑話 あの日の約束の続きをしよう
「ユーリンさん!あんこさん!」
茜色の髪の少女が、楽しげに大きく手を振った。
隣にはアッシュグレーの髪の甲冑の男性が寄り添うように立っている。
どのツラ下げてきたんだという顔をされたり、あるいは現地には誰もいないとか、最悪出会い頭PK程度までは考えていたのだけれど、どうやら向こうは本当に遊ぶつもりで連絡をくれたらしい。
大会お疲れ様、トラ戦はどんまいでした。
よかったらまた一緒に遊んでください。
本戦敗退直後の莫大な数のメッセージの中に彼女の名前を見つけたときは「どうせまた誰かのナリキリだろう」くらいに思っていた。
IDが本人のものだったときはなにかの見間違いだろうと3回確認し、俺の目が悪いのかもしれないと思ってあんこにもチェックしてもらった。
正直ハムさんが爆発した時よりもよほど衝撃を受けた。
「会いたい」
あんこがそう言ったので、返事をした。
速攻で空き時間が返信されてきて、あれよあれよという間に日時も待ち合わせ場所も決定し――そして今、目の前に居る。
「ニンカちゃん……」
「あんこさん、お久しぶりです!大会お疲れ様でした!」
「っ、うん、ありがとう、そっちもお疲れ様、でした」
「あの、ブレンナさんは…………」
「あー、ブレンナは、あの後ちょっとしてから別ゲーに移住した。ウチのギルドに籍は残ってるけど……一応メッセは送ったけど返事来ないし、多分もうこっちは確認してないと思う」
「そっか、残念。あ、パーティ組みますね!」
ニンカさんがパーティ申請を送ってきて、承認する。
「あの、俺、ずっとニンカさんに謝りたくて」
「?何でです?」
「何でって、いや、だって」
「あたし、あのときみんなと遊べて楽しかったです」
「いや、それは」
「ずっと皆さん笑顔で一緒に居てくれました。ブレンナさんは、後半ちょっと嫌そうでしたけど……何も言わなかったです」
「――俺、ニンカさんが車椅子なことは、気付いてたんだ」
「え?」
「ジャンプの仕方、同じジャンプする人を知ってる。脚に障がいがあって、運営の特殊裁定でもらってるジャンプだって言ってた。だからそうなんだろうって」
「あ、そうなんですね」
「俺もあんこも分かってたんだけど、ブレンナは分かってなくて……ニンカさんカミングアウトしてなかっただろ?だからちょっと、言って良いのかわかんなくて……そしたらあいつ、ニンカさんのことブロックしてたらしくて、それで気付いたら一緒に組めなくなってて……」
何回か募集旗を立てているときに彼女のことを見かけていたけれど、入ってきてくれなかった。
目は合ったけど声もかけてこないし、なんか嫌われるようなことしちゃったかなーと思っていた。
そしたら何回目かの時にブレンナが「また来てる」と言った。それで、あいつがブロックしているから入ってこれないのだと気付いた。
瞬間殴りつけようとして、次の瞬間に障がい者情報の拡散による凍結が頭をよぎり、――手が止まった。
あんこも気付いたらしく、それ以降なんとなく空気が変わって、しばらくしてから結局あいつはこのゲームを辞めてしまった。
元々ブレンナは色んなゲームをつまみ食いするタイプのやつなので、この件がなくても2年も同じゲームはしなかっただろうけど。
俺とあんこは今回はついて行かなかった。なのであいつとはそれっきりだ。
「あたし、タンクには特に嫌われてたので、仕方ないです」
「ほんとにごめん……」
「いや、あの、もしかしたら配信見てくれてるかもしれないんですけど、隠してたあたしが悪いので、ホント、ホントもう謝らないで!」
「……ニンカちゃん」
「ん、うん」
あんこがおそるおそる尋ねる。
「また、遊んでくれる?」
「――あたし今日、遊びに来たんですよ!」
本当に、遊びに来てくれたらしい。
この子はすごいな。
「――こっちで話しちゃっててすみません、グライドさん」
「いや全然。えーと、気のせいじゃなければお久しぶり、だよな?」
「そうですね」
「あれ、知り合い?」
「あー、一年、半?前くらいか?に一度組んだな」
「ブレンナが辞めた直後で、タンク募集してたんですよね」
「……聞いてない」
「俺もお前がユーリン応援してるなんて知らなかった」
ニンカさんがすこし拗ねたように言って、グライドさんもグライドさんでちょっと拗ねているように見える。
――え、待って今なんて言った?
「え、応援してくれてたの?」
「ずーっと応援してたよ、第二回大会から」
「初めて聞いたよ!?」
「あ、いやまあ、画面の向こうで応援してたのと、トトカルチョに入れてたくらいなんだけど」
「俺にトトカルチョ入れるなよ!?どう見ても上位陣じゃないだろ!?」
「応援票応援票」
「ニンカちゃん、お金はもうちょっと大事にして」
「入れたいから入れてるんだからいーの!」
いやほんと、ミニマム1Mゴールドのトトカルチョに何口入れたんだ!?俺、ベスト16より上には行けたことないぞ!?
「まあ、前に組んだなってのは今喋ってるの聞いて思い出した。大会中は気付いてなかった」
「気付いてなかったのにメッセ通るだろって言ったの?」
「ユーリンのあだ名は”メタ野郎”だぞ。話題の動画なら絶対見てるし、アレ見てたらブロック外してるだろ」
「俺は最初からブロックしてないですけど、まあそうっすね」
“検索魔”のグライドさんはさすがの情報収集力だな。
あとそのあだ名はほんとやめて欲しい。
「さて、メンツはタンク、魔法、アタック型のソードマンにバカ火力アサシン。まあ回復いねえけどどこでも行けるだろ。どっかいくか?」
グライドさんが、見たことのない優しい笑顔でニンカさんに言う。
左手には揃いの指輪。本当に、恋人なんだな。
「わたし、行きたいとこがあるの」
「お、あんこさんどこ行きますー?」
「……ブロフェリアの大樹に、行きたい」
あんこが泣きそうな顔をしながら言う。
「…………なんで?」
グライドさんが首をかしげる。
ブロフェリアは130レベル程度のダンジョンだ。公開から1年半経っているのもあって、ぶっちゃけ俺もあんこもソロで行ける。こんなメンバーで行く場所じゃない。
でも、そうだよな。やっぱそこ行きたいよな。
「そっか、そうだね、ブロフェリアか」
ニンカさんが目尻に涙を浮かべて言った。
「次のマップが開放されたら、一緒に行こうって、言ったもんね」
彼女も覚えていたらしい。
その事実にとうとうあんこの涙腺が崩壊した。
「ごめんグライド、ぜんっぜん美味しくないんだけど、いいかな?」
「今この場で、そこより美味しいとこねえだろ」
「あは、そうだね、……ありがと」
本当に、グライドさんは格好いいな。
「じゃあ、行こうか」
――――あの日の約束の、続きをしよう。