閑話 結婚指輪の一騒動
「結婚指輪なー」
EFO通信を見ながらつぶやく。
ロイが同じ記事を見ながら言った。
「実際どうだ?欲しいか?」
「うーん、欲しいっちゃ欲しいんだけど」
「一応君は細剣士もできるから、なしではないからな」
「それなー。ただ細剣だと結構脚で稼げるから、ぶっちゃけ傀儡師ほどはいらんのよな。って思ってる間に、式場埋まっちゃったし」
「それについては、リスナー数名から結婚式場の順番を譲る旨のメッセージが来ている」
「そこまでして欲しいわけじゃねえんだよな……」
「まあ、分かる」
結婚式場はフレンドが参列できるというシステムの都合、拡張が難しい。
公式からも式場の拡張は検討段階で現状未確定という発表が出たし、まあそのうちキャンセルが出るにしても、2ヶ月位は無理だろう。
誰かに譲ってもらってまでほしいかと聞かれると、そこまでではないかなーという結論になる。
「ひとまず保留か」
「そうなー。半年経って落ち着いたらまた考えよう」
「そうだな、次のアプデでまた状況が変わるかもしれないし」
「ウェディングシステム交えた状況変化は流石にこねえだろうけどな」
こちらとしては山のように届いているフレンドからの参列希望メッセージをどう捌くかの方が頭を抱える自体になっている。
野良で一度組んだだけの相手なんかは、流石に断る方針になるかな……。
メッセージの山を前に、ちょっとだけ乾いた笑いが漏れた。
□■□■□■□■□■□
「おやおや」
「あ?」
最新のEFO通信を見ていて、つい声を上げてしまえば、彼が顔を上げてこちらを見た。
「いえ、結婚式予約が、半年先までパンクしたそうです」
「――――二回戦か」
「ですね。ウェディングブーム到来だそうで」
「2ヶ月もすりゃキャンセルが山になんだろ」
「でしょうね」
一過性の流行というのはそういうものです。半年先の予約など、なんなら予約したことすら忘れてがらんどうの式場が広がるのではないでしょうか。
「貴方は、結婚指輪欲しいですか?」
「あ"?」
「欲しいのでしたら、順番を譲ってくれそうな人を当たりますが」
「……………………」
「そんな、心底嫌そうな顔をしなくても」
「お前はどうなんだ」
「貴方が欲しいなら、いつでも。それ以外でしたら特には」
「くっだらねえ」
「まあ、そうでしょうね」
くすくすと笑うと、また彼が心底嫌そうな顔をした。
□■□■□■□■□■□
「「うーーーーん…………」」
二人揃って微妙な声を上げてしまう。
目の前には結婚指輪の仕様ページ。そしてウェディング手順のWikiに、アクセサリー一覧ページ。
「いややっぱ、いらんわ」
「っすねえ」
「ネタ的にはアリ寄りのアリだったけど、リスナーに順番譲ってもらうほどではねえわ」
「半年経ったら鮮度が落ちるしなぁ」
そうなんだよ。2週間くらいでサクッと結婚するなら、ネタ的にアリだったけど。
わざわざリスナーに順番譲ってもらって2ヶ月後、とかだと、いやそこまではいいわって感じになってしまった。
「あ、ねころがめっちゃ欲しいとかない?」
「いやない。するなら可愛い女の子とがいい」
「――――アタシが可愛くないっていいたいの!?」
「可愛くない。せめて背をあと20センチは削って」
「ネタにマジレス良くないよ!?ってかお前のかわいいの基準だいぶ小さいな?」
俺身長174cmだから、20削ったら女性の中でもちょっと小柄に入ると思うんだけど。
「小さい女の子のほうが可愛いよ?」
「それぜってえ配信で言うなよ?変な切り抜きされるからな?」
「言わないよ。大体俺が出るときはそういう雑談しないじゃないっすか」
「…………一応聞くんだけど、その小さいは身長だけの意味だよな?」
「もちろん。歳は±10くらいまでしか許容できないです」
「年齢の許容範囲はでけえのな!?」
マイナス10は未成年だからそれも言うなよ!?
「…………俺らまあまあ長い付き合いだけど、こういう話すんのもしかして初めてだな?」
「まあ俺ら酒入ってもゲームの話しかしないし。……まあ、お陰で親戚から見合いの話が来てるんだけど」
「なにそれちょっと詳しく」
戸棚から酒を取り出してグラスに注ぐ。
目の前の男はちょっとだけ嫌そうに、でも酒は受け取った。
□■□■□■□■□■□
「先生でもうっかりってするんですねえ」
「いや、うん……する時はするよ。私だって人間だし。」
打ち上げはなんだかんだと人数が増えたので、騒がしくなってもいいように持ち込み可のカラオケルームに色々と買い込んで入った。今日ほどそれが正しかったと思ったことはない。
酒を飲むのは年齢的に私と溝口君だけだが、他のメンバーも本当に酒が入っていないのか怪しい騒がしさだ。
目の前でジュースを飲む新田さんだけがのんびりとしていて、この場で唯一清涼剤になっている。
店に着いて、食事を広げて、みんなで大会のアーカイブを見ながら感想を話していた。
そして二回戦第一試合。
完璧なタイミングで発動した「死が二人を分かつまで」を改めて見て、つい言ってしまったのだ。
「強いな」
と。
本当に、ただその一言だけ、言ってしまったのだ。
「え、じゃあ先生俺と結婚しましょ!俺奇術師作るんで!」
牟礼君がそう言って、そこからはもう雪崩を打って喧嘩にもつれ込んだ。
曰く、自分こそが私の花嫁にふさわしい、と。
え、ええと、花嫁なの?いや確かに私は男だけど、あのシステムそういう分類あったっけ?
何を言っても全く収束を見せない喧嘩をBGMに、一旦落ち着くまで放置して食事にしようと思い立って、現在2時間が経過したところだ。
「――まりもが冷静で、嬉しいよ」
「私に奇術師とか細剣士は無理ですからね。私はビショップですから、いつだって先生の後ろにいます。分かれるときはそれが最適だと先生が判断した時なので」
「うん、その冷静さを1%くらい彼らにあげてもらってもいいかな?」
「適当に止めればいいですか?」
「可能なら。そろそろいい時間だから」
それを聞いたまりもが、ぱんっ!と手を叩いた。
「なんだよ」
「女だからって先生の花嫁の座は譲らねえからな」
「ここで話しても仕方ないです。先生の花嫁には、神出鬼没を最もうまく使える人がふさわしいでしょう?」
え、ちょっと待って?
「――――なるほど」
「その通りだ」
「すみません先生、ちょっと騒ぎすぎました」
「ちょ、ちょっと待とうか!?」
確かに喧嘩は一瞬で収まったが、まったく別方向で全員が臨戦態勢に入った。
え、いや、え?それ私が結婚するのは確定なの?
「そ、そもそも今結婚式場パンクしてて!どのみち無理だからね!?」
「大丈夫です。譲ってといえば譲ってくれる人に心当たりがいくつかあります」
「他の人の順番奪うのはやめようか!?」
「2ヶ月もすればどうせキャンセルが出ますよ。それまでに決着を着けます」
「いや、え?君たち2ヶ月もこの状態のつもりなの!?」
「あ、前線攻略をおろそかにしたりはしませんよ。安心して下さい」
「前線攻略の傍ら、サブで遊び人を育てる。一番神出鬼没をうまく使えるヤツが先生の花嫁になる。簡単なことでした。こんなところで喧嘩する必要はなかったっすね」
「ご迷惑をおかけしました」
本当にこの場はあっさりと収束した。――私の胃に少しばかりのダメージを残して。
進んでいなかった食事は食べ盛りたちにぺろりと平らげられ、その日は解散となった。
アネシアさんから「ですぺなるてぃメンバーから無限に共闘依頼が来るんですが、どうしたんですか?」というメッセージが届くのは、一週間後のことだった。