ヒルデブラント編2
その日、セリオンとエスカローネはツヴェーデンの街に出ていた。時間は昼。
二人は見知った人物に目をとめた。
「あれ、クリスティーネさんじゃない?」
「そうだな」
「あ、教会に入っていった。ねえ、私たちも教会に行かない?」
「ああ、じゃあ行こうか」
セリオンとエスカローネは教会に入った。
「主よ、私の罪をお許しください。私は罪深い存在です。永遠の浄福を」
クリスティーネは祭壇の前でひざまずいていた。主なる神に祈りを捧げる。
「クリスティーネさん?」
「あなたは確か」
「私はエスカローネといいます」
エスカローネはクリスティーネに声をかけた。
「クリスティーネさんが教会に入っていったので、私たちも入ってきたんです」
「そうでしたか。私の姿ご覧になりましたか? 私は罪深いのです。具体的には言えませんが……」
「罪深い? どうしてですか?」
「私は罪を犯しているからです。ゆえに私の存在自体罪にまみれています。これ以上は……」
クリスティーネはエスカローネから顔をそむけた。どこか気まずい空気が漂う。
「今日はヒルデブラントさんといっしょじゃないんだ?」
セリオンが口を開いた。
「ヒルデブラント様はご忙しい方ですから。私には多少暇がありますが。私は私の罪の意識ゆえに教会に来ています。ただ私にゼーレ(たましい)と呼べるものがあるなら、私は救われうるかもしれません。ゼーレは冷たく清浄なものです。ゼーレの救済を求めて私は祈りを捧げています」
「最近、教会が襲撃された。気を付けたほうがいい」
「犯人がどういう人だか分かっていないんです。気を付けて」
クリスティーネは目を見開いた。
「はい。お気づかいありがとうございます。犯人が捕まっていないのは不安ですね。教会にも来づらくなります。それは困りますから」
「よく教会には来るんですか?」
エスカローネが聞いた。
「はい。いとまがあれば教会に通っています。私は罪の許しとゼーレ(たましい)の救済がほしいのです。私の罪と穢れが祓われんことを望んでいます。すべては主の恩寵によって賜るのです。では、私はこれで」
「さようなら、クリスティーネさん」
セリオンとエスカローネはクリスティーネの背中を見送った。教会には清浄さが満ちていた。
二人はしばらく教会にいた。
「何? もう一度言ってみろ!」
「ああ!?」
パシンと鞭の音が鳴り響いた。オルフェウス卿は鞭でティーネを打ち付けた。ティーネの両手は魔法のひもで縛られ、つるされていた。
「オルフェウス様、どうかこれ以上罪を重ねるのはおやめください!」
「罪だと? 私がいつ罪を犯したというのだ? 私はただの探究者にすぎない!」
「オルフェウス様、あなた様はいつまでクリスティーナ様のことを引きずっておられ……ああ!?」
オルフェウス卿がティーネをまた鞭で打ち付けた。
「クリスティーナのことを偉そうに述べるな!」
「クリスティーナ様は亡くなられたのです。ですが、あなた様はその事実をいまだに認めていないではありませんか。あなた様はただひたすらに闇の力を求めています。いつから闇の力を追い求められたのですか?」
ティーネの目に憐みが写った。いまだに妹の死を受け入れられない、純情で繊細な若者。それが目の前にいる人物だった。
「私を憐れむのはやめろ!」
「あああ!?」
オルフェウス卿はさらに鞭の一撃をティーネにあびせた。
「クリスティーナは死んだ。それ以上でもそれ以下でもない事実だ」
「オルフェウス様、どうしてご自分を偽るのですか? 私たちは罪を犯しました。これ以上罪を重ねるのはやめましょう。罪の許しを請い、願いましょう。罪深い私たちにも救済があるはずです。神に祈りましょう」
「クリスティーナに救いはなかった! まず救われるべきだったのはクリスティーナだった!
だが、それももう戻らない! 神はクリスティーナを見捨てたのだ! おまえはなんだ、ティーネ?」
オルフェウス卿はティーネに聞いた。
「おまえは何だと聞いている!」
「……私はオルフェウス様によって創られし、ホムンクルスです」
「そうだ。おまえは人形のように私の命令に従っていればいいんだ! それがおまえの存在意義だ! いったいいつから罪の許しなど乞うようになった!? 教会に何か吹き込まれたのか! おまえは闇の人形だ。どうやらそのざまでは次の襲撃に行けそうもないな。今回は私一人で行くとしよう」
オルフェウス卿は鞭を無造作に放り投げた。ティーネの拘束も消えた。ティーネは床に倒れ込んだ。
聖ミヒャエル大聖堂――
そこをオルフェウス卿は襲撃した。今回は警備の者たちがいたが、全員オルフェウス卿に殺された。
大聖堂で血が流れた。
「フン、たあいない。では地下室に行くとしよう」
一方テンペルに電話が入った。
今夜聖ミヒャエル大聖堂が襲撃されると――
セリオンは半信半疑だったが、大聖堂に向かった。
オルフェウス卿は地下で一枚のディスクを見つけた。
「これが……これがゾハルか」
オルフェウス卿はゾハルを手にした。地上に戻ってきたオルフェウスはセリオンとはちあわせになった。
「おまえが襲撃犯か。逃しはしないぞ」
「逃げる? この私は逃げたことなどない。私の前に立ちふさがる者は死ぬからだ」
セリオンは剣を構えた。オルフェウス卿は長剣に風の魔力を集めた。
「くらうがいい! 闇の風を!」
オルフェウス卿は長剣から風の刃を飛ばしてきた。セリオンは蒼気を発した。蒼気の刃で風の刃を叩き斬る。
「ほう……やるな。なら、これはどうかな? 闇の風よ!」
オルフェウス卿は長剣に風を集めると、風の斬撃でセリオンに斬りつけた。セリオンは蒼気を大剣に纏い,風の斬撃をガードした。
「くっ!?」
さらにオルフェウス卿は長剣を振り下ろしてきた。そして突き、薙ぎ払う。
セリオンは大剣でオルフェウスを斬りつけた。オルフェウスは長剣で防いだ。
「む?」
オルフェウス卿は自分の長剣を見た。セリオンの斬撃によって長剣にヒビが入っていた。
オルフェウス卿は後方に下がった。
「まさか私の武器が破損するとはな……やるではないか」
「オルフェウス様!」
「ティーネか? 何をしに来た?」
そこにフードをかぶった女性が現れた。
「おまえたちは何者だ?」
「私は闇の指導者オルフェウス卿。闇の魔術の探究者だ」
「いいえ、そうではありません」
女性はフードの覆いを取った。
「クリスティーネ……」
「驚くことはない」
オルフェウス卿はフードを外した。
「ヒルデブラント……」
オルフェウス卿の正体はヒルデブラントだった。
「今夜君に会うとは予想外だった。なぜここが分かった?」
「テンペルに電話があった。聖ミヒャエル大聖堂が襲撃されると」
「私です。私が電話しました」
「なるほど。だが私はゾハルを手に入れた。私の目的は達成されたのだ」
ヒルデブラントは濃い闇の霧を発生させた。
「今夜はこれで失礼するとしよう。ああそれと、私の命令に従わぬ人形はおいていく。好きにするがいい」
ヒルデブラントの姿は消えた。
「ヒルデブラント様……」
「君には俺と一緒にテンペルに来てもらう。いいかい?」
「はい」
クリスティーネは事件に関することを一通りしゃべった。そしてヒルデブラントのことも。
セリオンは知った、ヒルデブラントの妹クリスティーナのこと、クリスティーナに似せて創られたクリスティーネのことも。
「ヒルデブラントは次に何をするつもりだ?」
「おそらくリンドス島に向かい、さらなる闇の力を手に入れようとするでしょう」
「リンドス島か」
セリオンはリンドス島の位置を地図で確かめた。ツヴェーデンから南東にある島だ。
「あの方は救われますか?」
「…………」
「あの方に救いはありますか?」
「俺には分からない。神のみが知る」