明日世界が終わるなら
明日、世界が終わるとしたら何をしますか?
「地球が滅びる予言」、そんな話は昔から何度もあった。そのたびに何事もなくこれといった事は何も起こらずに過ぎてきた。
しかし、今回はそうはいかないらしい。巨大な隕石が近づいており、地球に衝突する可能性が高い、そんな話がニュースで報道されていた。「世界が終わるとしたら」そんな、いつもなら馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばすような事が実際に起こると意外とあれがしてみたかった、これもしたかったと心残りが山ほど出てくる。
「にゃあ」
そんなことを考えていると飼い猫が膝の上に乗ってきた。頭を擦り付けてくる猫を撫でながら物思いにふける。
「お前もでかくなったよなぁ」
拾ってきた時はあんなに小さかったのに。いつになっても仔猫みたいな顔して、しかも小柄なもんだから彼女がすごく心配してたな。
「ちゃんと食べさせてるの!?私が飼えないからあんたに預けてはいるけど、マオは私の拾った猫なんだからね!元気に成長しなかったら許さないから」
彼女はうちに来る度におもちゃやおやつを置いていっては一緒に小言も言ってきた。あまりにも言われるものだから、信用の無さに少しは落ち込んだりもした。彼女はよく猫に会いに来ていたが、遠くに引っ越してからは連絡を取らなくなった。でも、彼女に心残りを聞いたらこいつに会えずに終わることなんて答えそうだ。というより、会いに来るだろう。やりたいことをそのままにして後悔する奴では無かった。どうせ世界が終わるならと何があってでも会いに来て散々構い倒す様が容易に想像できる。
膝の上の猫がもぞもぞと動き出す。手を離せば駆けて行って彼女の置いていったおもちゃを咥えて戻ってきた。こいつは何度新しい物を買ってきても、いくらボロボロでも、彼女が置いていったものでしか遊ぼうとしない。考えてみれば抱き上げられるのが苦手なくせして、彼女が抱き上げた時だけはおとなしくしていた。こいつは彼女のことを本当の主だと思っていたような気がする。
おもちゃを取ってから動かなかったせいか、こちらを凝視してくる。ひとこと謝ってからおもちゃを振ると水を得た魚のように生き生きと激しく遊びだした。あまりの激しさにおもちゃを取り落としてしまうが、猫はそれに構わず一人遊びを始めた。
ちょうどいいとばかりに買ったはいいが読めていなかった積読本の解消をしていたところ、彼女からメールがあった。
「ひさしぶり。マオは元気?今から会いに行くから歓迎の準備をしておきなさい」
相変わらず、猫にご執心なうえにいつ来るのか書いていない連絡だった。久しぶりというなら近況報告くらい書いておけ。そして、今からってどのくらいに着くのかも書けよ。そんなことが言いたくなる内容だが、彼女らしい文面だった。
二時間後、彼女がいつも通り大量の土産を持ってやってきた。
「マオー、ひさしぶりー。元気そうねぇ、ちゃんと大きくなったみたいで良かったわ。……はい、これがおやつでしょ、こっちがおもちゃでこれがベッド。かわいいから買っちゃったのよ、使ってくれるかしら」
「なぁーん」
猫は彼女がやってくるなり足元に擦り寄って甘えた声をあげている。彼女がいないと絶対にあげることのない声だ。ここまで機嫌がいいのは久しぶりに見た。彼女らはキャッキャ、にゃあにゃあとものすごく楽しげに遊んでいる。
彼女らが遊んでいる間に、飲み物と菓子を用意することにした。ティーバッグで紅茶を淹れ、買ってきたケーキを出す。歓迎の準備と言われてもこのくらいしか思いつかなかった。
「わー、美味しそうなチョコケーキねえ。マオにも猫用ケーキ用意するなんてやるじゃない。マオ、一緒にケーキ食べましょう」
ケーキを食べた後、猫は彼女が持ってきたベッドで寝だした。彼女は頬を上気させて大量に写真を撮っていた。少し落ち着いたころに近況を聞けば、ぼちぼち、マオに会えなくて辛かったと返ってくる。やはり、今日来たのは地球が滅ぶなんて言われているからなのだろうか。
「え?あぁ、そうよ。あとは引っ越してから連絡とらなくなったじゃない、なかなか会いに行くなんて言いにくかったのよ。そこで、これがあったから。最後かもしれないのに気まずいなんて言ってられないと思って」
テレビは朝から変わらずにどこも地球に接近している隕石についての番組しかやっていない。明日の昼頃に衝突する可能性が高いらしい。あと一日もなく、急ピッチで被害削減の対策がされているとか、隕石のサイズと被害の大きさの予測を出しているところもある。こんなの見ても、何ができるわけではないから意味ないだろ。
「さあ、意味がなくても、報道しなきゃいけないとかあるんじゃあないの。私は知らない」
猫が起きるまでひたすら世間話やらくだらない話をしているうちに隕石の衝突予想時間がもうすぐそこに迫っていた。
「ねぇ、ありがとうね。マオを引き取ってくれて」
柄じゃないことを言い出すな。彼女がこんなしおらしい態度をとるのに驚いて見つめていたら、怒られた。猫も追撃してきやがった。
「何よ!その胡乱げな目は。あと少しだから感謝してやったっていうのに」
「シャーッ!」
鋭い二対の視線から逃げるようにして消していたテレビをつける。
――巨大隕石は地球に到達する前に砕け、細かなかけらのみが落ちてくる
彼女が珍しく素直になって、普段言わないようなことを言ったすぐ後にこんな内容のニュースが流れた。どうやら隕石衝突も地球滅亡も免れたらしい。かけらもうちのあたりに何か影響のある場所には降らない。
「え?は!?はぁーー!?……感傷に浸ってお礼なんて言うんじゃなかった!はっず、はずかしい!」
猫は愛しの主に会えて、彼女は愛猫に会えてそれでよしとはならず。
「さっきのは忘れなさい!誰があんたなんかに感謝するか!―――っ!……さっさとそのにやついた顔を引っ込めて去れ!」
この家の持ち主に対して去れと言われても。まあでも、彼女はさっきみたいなしおらしい態度よりもこっちのほうがしっくりくる。いつも通り、くだらないことを言い合ってるのがなんだかんだ幸せだと思う。
地球滅亡騒動は終わった。この騒動のおかげで途切れた縁がまた結ばれた。
今回のことを忘れたころに彼女に聞いてみよう。
「明日、世界が終わるとしたら何をしますか?」と。
きっと予想通りの答えが返ってくるだろう。
読んでいただき、ありがとうございました。まだまだ拙く、これから精進していこうと思いますので、ダメ出しを含め、感想お待ちしております。