髭面の男
通されたのは、城の奥に位置する簡素な部屋だった。あるのは寝台だけ。小さな窓から、微かに明かりがさしている。
「……私、どうすれば」
「とりあえず、座ったらいかがです?」
髭面は地べたに胡坐をかいた。おずおずと少女も座る。その様子を見て髭面は小さく頷いた。
さっぱりとした短髪に、切れ長の双眼、短めの眉。髭に、頬の傷。好青年とはいえないが、悪人面というわけでもないような顔立ちだ。髭を剃ったら、案外童顔なのかもしれない。袖から覗く腕はかなり太く筋肉質で、戦う男なのだろうというのがすぐにわかる。
「私は審応と言います。擁虎殿の部下にあたります。以後お見知りおきを」
「あぁ。私は、里好です」
「里好殿ですか。……申し訳ないことをしましたね」
そう言うと、男は深く頭を下げる。
「あの……?」
「貴方の村を焼いたのは、お分かりかもしれませんが擁虎殿です」
彼は神妙な面持ちで話を続ける。
蛇門は、国として伸び悩んでいる。蛇門の北に位置する大国・燐灰に流れる人は多く、特に目立った特産品なんかは全くなく、裕福とも言い難い。だから、少しずつ領土を広げて国を豊かにしていきたいのだと。
「だから、国境に位置する私たちの村を……?」
「左様です」
「……あなたを恨んでも、擁虎殿を恨んでも、誰も、何も帰ってこないので。それに、私はそこまで、気にしていないので」
言葉尻が震える。きゅっと指先を握り、視線を手に移す。
元は1つの天藍という大きな国だったこの島は、今は10個の国に分かれている。内乱や飢餓等の影響で分断が起きているため、国によって貧富の差は大きい。そして蛇門は、どちらかと言うと貧しい部類である。
「なんというか、わかってたので」
人口が300人にも満たないような小さい村だ。噂話なんていうのはすぐに広がる。やれ長老様が激怒しただ、変な男がいただ、そんなような噂が最近頻繁に回っていた。
「里好殿」
審応の方に目線を向けると、真っ直ぐな彼の目と合う。
「なんですか」
「戦とは、権力とは、下々にとって理不尽なものです」
「そうですね」
「泣けるときに泣いておくのも、1つの手ですよ」
かさついた低めの声が、胸を突いた。何も実感がないのに、失ったという感覚さえいまいちないのに。それでも、彼女の小さな掌に水滴がぽたりと落ちる。
「あんまり、みないで」
一度流れた涙は止まらず、挙句の果てには鼻も嗚咽も出てしまう。ここに親がいたのなら、「女の子なんだから」と咎められていたであろう汚い泣き方だ。でも、あふれ出してしまうのを気合で止めるというのも無理だった。必死に涙をぬぐう。
大きな節だった手がくしゃりと里好の頭を撫ぜた。そんなタイミングで、この部屋の主が戻ってきた。
「……何をしている」
「貴方を待っていました。では、私は失礼します」
「待て」
双方表情をピクリとも変えないままのやり取りが続く。その様子が、里好にとってなんとなく面白くて。人差し指と中指の腹で左右の目をぬぐえば、もう涙は落ちて来なくなった。
「そいつは何故泣いている」
「親しい人がなくなってしまったという事実を、まだ幼い彼女が一人で抱えきるのは難しいでしょう。だからです」
「そういうものか」
「はい」
「……下がって良いぞ」
「では」
審応はさっと立ち上がると、里好、擁虎に一礼をしてから部屋から出て行った。
「あいつは、何を考えているかわからんな」
そう言うと、先ほど審応が座っていたような位置に彼が座る。大柄で筋肉質な体だというのに、やはり物音がしない。
「……何が、目的なんですか?」
「あぁ?」
「私を拾ったのは、何故なんですか」
擁虎はかすかに首を傾げた。
「特にない」
「売り払うとか、なんとかじゃないんですか」
「そんなちんけな体の女売っても金にならない」
全体的に肉がついていない痩せっぽちの身体なので彼の言っていることは何一つ否定できないのだが、面と向かって言われると来るものがある。まだ成長途中ですし、なんて言うも、どうだか、と返されてしまう。
「気まぐれだ。適当に働け」
じっと恨めし気な目線を送れば、彼はふん、と鼻で笑った。
「女中は腐るほどいる。お前がやれる仕事は特にないだろう。その辺のやつらの雑用でもやっておけばいい」
言いたいことは言い切った、とでも言い切ったように彼は立ち上がると、さっさと寝台に潜ってしまった。
里好はため息をつくと、擁虎が寝ているのを確認してから部屋を後にした。