少女、拾われました
赤かった。バチバチという音と共に、崩れ落ちていく建物。赤黒い何かが無数に転がっている。悲鳴も聞こえる。
つい昨日までの笑顔は? 平和な喧騒は?
ここにいちゃいけない。頭の中で警鐘は響いていたのにもかかわらず、一向に立ち上がれない。周辺はみるみる赤く染まるというのに、何もできない。どうにかなるとも思えなかった。へたりこんだまま、キュッと小さくなる。暑い。熱い。
「……餓鬼か」
「……誰?」
足音もなく現れた男は、炎の熱なんて全く感じていないかのように涼しそうな顔をしていた。
異常とも思えるような高身長に、ガタイの良い分厚い身体。それには少々似合わない、やたら整った顔立ち。そんな彼の手には、血がべったりとへばり付いた鉈が握られていた。
「あの」
近づいてきた男は、鋭い眼光をしていた。鷹に狩られる兎は、こんな心境なのだろうか。彼の目線から逃れたくて目線を下に逸らし、ゆっくりと閉じる。
「誰、なんですか」
「お前には無関係だ」
そう言うや否や、少女の身体が浮く。目を開けると、ぶらぶらと彷徨う手が目に入る。
「え? あの、え……?」
必死こいて足をぶらつかせるも、地面に掠りやしない。少女は男の小脇に抱えられていた。動物どころか物のような扱いである上に、何をしたいのかが分からないというのが彼女にとっての一番の恐怖だ。
「おろして、おろしてください」
「死にたいか」
「死にたくは、ないですけど」
「女中がわりに働け」
それだけ言うと、彼はもう口を割らなかった。
炎の海を抜け、森の中を少し行けば、赤毛の馬が待機していた。片手の鉈をぽいと捨てると、男は少女を馬に乗らせる。男もその後に乗ると、確認も何もなしに颯爽と馬を走らせる。
もうどうしようもない。男に抱きついて、流れる景色を眺める。どんどんと知らない景色になっていき、やがて『都』というのにふさわしい、豪勢な街へと出る。沢山の家に、その中央に位置する赤が象徴的な城が見えてくる。
「……迷子になりそう」
彼女が住んでいた場所は、国境と国境の間に位置する田舎村だった。そんな彼女にとっては未知の領域であるし、似たような建物が所狭しと並んでいるせいで迷路か間違い探しのようだ。しかし、男は馬を迷うことなく走らせる。道行く人たちがいるというのに、減速という言葉を知らないらしい。
やがて、城の前につけば、無理くり下ろされまた小脇に抱えられてしまう。
「あの、自分で歩けます」
「餓鬼は何をするかわからん」
じゃあ餓鬼を拾うな、と言いたいところだったが、彼がいなければ今頃死んでいた。不満はあるが、一旦黙ることにした。
遠目に見た時は赤の印象が強かったが、建物内には金もたくさん使われていた。よくわからない柄の壺や、やたらと色を使用した主張の激しい絵といったような調度品もたくさんおいてある。どれもこれも単品では良い物なのかもしれないが、全体的に見るとなんとなくまとまりがない、というような印象を受ける。
「雍虎殿ではありませんか」
声の主に目線をやると、頬の切り傷の痕が特徴的な髭面の男がいた。背は並みだが、体はかなり鍛えられているのが服の上からでもわかる。
「今帰った」
「そのお嬢さんはどうしたのです?」
「気まぐれだ」
それだけ言うと、男は少女を髭面に差し出す。髭面は両手で受け取ると、地面にそっと下した。
「俺の部屋に連れていけ」
「わかりました」
深く頭を下げる髭面を一瞥すると、男はどこかへと去って行ってしまった。