わが回想記(最終回) ~リタイア時代 家族と向き合う日々
▼とにかく、早くリタイアしたかった。
広島支店へ単身赴任し、ホームページを開設した時点から、私の「半隠遁
生活」が始まっていたが、完全なる「隠遁生活」に早く入りたかった。
2008年秋、還暦を迎えた私は会社を定年退職した。実に、37年間も同じ
会社の一サラリーマンであり続けた。輝かしい成果も、驚くほどの昇進もな
いままの37年間だった。
しがらみから解き放たれた解放感は左程なかった。充実感も、喪失感もな
かった。ただ、「やっと自由の身になれた」という単純な感慨だけだった。
それから10年間が足早に過ぎた。やったことと云えば、「シルバー人材セ
ンター」に籍を置いて、パソコンの講師をやったこと、「関西お好み焼き総研」
というブログを立ち上げて雑誌の取材を何度か受けたこと、「スポーツジム」
へ5~6年間通ったことくらい。
65歳を過ぎると、急速に身体が衰えた。前立腺肥大症や白内障などを患っ
て、長く通院した。
▼この回想録も今回で最終回になる。
残りの人生をどう過ごしていくのか。こんな感傷は、もちろん生まれて初め
てのこと。子供の頃は、6・3・3・4年ごとに変化があった。そして、サラリー
マン時代も勤務地の変化や部署の変化があった。
ところが、これから何があるのか?
先日、東京に住む孫のしおりんからバースデーカードが届いた。
「おじいちゃん おたんじょうびおめでとう しおりより」
おじいちゃんの似顔絵が添えられていた。
健康不安と闘いながら、孫の成長を楽しむしかないのだろうか。
さて、20年間に亘り発行してきたこのメールマガジンも、どうやら1,000
号を数えたようだ。随分と長い間、遊ばせてもらった。
もうそろそろお終いにしようと考えている。
ジャニーズ「嵐」じゃないが、来年度末を以て一応筆を置くつもりだ。
私の「終活」がいよいよ始まった。
(完)




