わが回想記(12) ~加古川時代 ホームパーティーの思い出
▼広島支店勤務を終えた後、大阪本社で1年間を過ごした。
だが、そこに私の居場所はなかった。自ら希望し、高砂市にある事業所
への転勤を選択した。食品工場に隣接した物流センターで、物流会社の
社員20名を管理する仕事だった。
無理をすれば自宅から通勤も可能だったが、加古川市内に家を借り、再
び単身赴任を選んだ。2階建アパートの1階部分。かなりゆったりとした2
DKの部屋に、庭まで付いていた。やがて、この庭で菜園生活をスタート
する。
この住居を選んだのは、直感だ。山陽電鉄尾上の松駅から徒歩3分の至
近距離。通勤の便利さもあったが、この小さな駅が気に入った。
風情のある駅名、その駅前には小さな「鮮魚店」と、地酒の品揃いが渋い
酒屋、鉢植えやガーデニング用品を揃えたおしゃれな園芸店が並んでいた。
▼仕事の方は相変わらずだった。実働部隊は物流会社の若い連中が担っ
てくれたので、当方は適宜指示を出し、本社につなぐ役目だった。
しかし、24時間稼働している物流センターだったので、夜中の電話が恐怖だ
った。小林君から緊急のコールがあり、マテハン機器が停止したとの一報。
様子を見るために私は待機する。機械は動き出したが、コンピュータ・データ
との照合を確認中との続報。「よろしく頼む・・」と言ったものの、すぐには眠れ
ない。こんなことが日常茶飯事だった。全国で一番機械化が進んだセンター
を恨んだ。
頑張ってくれている物流会社のリーダークラス3~4名を自宅に招いて、ホー
ムパーティーを定期的に開いた。事前にメニューを決め、食材を集め、入念
に準備をした。酒は彼らが持ってきた。
焼き肉や鍋をメインにする回もあったが、日ごろの手料理を披露した。鶏ポ
ン、インゲンごま和え、鯛のカルパッチョ、焼きパプリカのマリネ、小松菜の
煮びたし、根菜のパスタ、チキン竜田揚げ、焼き厚揚げのしょうが醤油、鯵
のタタキなど、印刷した「お品書き」を用意して一品づつ提供した。
2008年春、自宅のパソコンに一通のEメールが届いた。
送信者M氏は、メールマガジン「おやじのための自炊講座」の長年の読者
であり、是非この内容を書籍化したいとあった。
継続は力なり。メルマガを発行してから実に8年目。ついにこの日がやって
来た。
▼週に一度のメルマガ発行は、私の生活そのものになっていた。食事をする
ように文章を書き、発行する。会社にいる時間だけはリアル世界の実名を使
っているが、それ以外はバーチャル世界に遊ぶ「ジミヘン」であった。
M氏がスタッフを連れて加古川へやって来た。氏は(当然のことながら)当方
のことをよく知っていて、当惑した。
メルマガで紹介していた近所の居酒屋「さつま」へ行き、皆で乾杯した。
エディター女史、出版社の幹部、イラストレーター女史を交えて楽しい酒を飲
んだ。「さつま」の女将が作る季節のつきだし・出し巻き玉子・アサリの酒蒸し
・湯豆腐と芋焼酎で盛り上がり、和やな顔合わせになった。
結局、半年間に及ぶ編集作業はすべてパソコンのデータ送信とEメールで行
われ、次に顔を合わせたのは東京での完成打ち上げパーティーの時だった。
2008年秋、単行本「おやじのための自炊講座」(著者名:ジミヘン)が出版さ
れ、その翌月、私は37年間勤務した会社を定年退職した。




