8. 感動
「自己紹介してもいいですか?僕たちはまだお互いの死因しか把握していない」
「名前がそんなに重要かい?安楽死くん」
「僕は村雨虹太といいます。虹太でいいです。転落死さんのお名前は?」
「鶴橋だ。下の名前は嫌いだから知らなくていい」
アウトドアグッズのような折り畳み式の椅子に座った鶴橋は、今度は派手な背広の上に厚いコートを着ていた。
「とりあえず、死んだ魂にも流れってものがある。お前が入っていた肉体は今頃、霊安室に安置されているだろう。最短で一日はほっとかれてる。そのあと葬式だ何だとあるわけだが、魂にとっては葬式が重要なんだ」
「葬式ですか」
「虹太、だっけか。お前変な死に方してるけど、家族は止めなかったのか?」
「家族ですか」
虹太は首を傾げて上を見た。虹太が中学生になるまで生きていたたった一人の親戚を、暗い青空に思い描いていた。
「10年くらい前に祖父が死んでから、天涯孤独というやつです」
「悪いこと訊いたな。デリカシーは棺桶に忘れてきちまったんだ」
肩を竦めながら芝居がかった口調で軽口を飛ばす姿が、何故か鶴橋にはよく似合っていた。
「その様子だと、ろくに友人も居なさそうだな」
「忘れ物、棺桶に戻って取ってきてくださいよ」
「悪い悪い。そうなると葬式はちんまりしたやつになるな」
「葬式が重要って、何でですか?」
鶴橋はにやりと笑った。生前は俳優だったのかもしれない、と虹太は思った。
「現世に戻れるのさ、幽霊になってな」
「おお・・・」
死後一番の感動を、虹太は味わった。
テンポわる男に改名しようかな