7. 椅子
「お前、どうやって死んだ?」
「病院いって、宣告を受けて、彼女と別れたので、即死コースを選びました」
「よく分からんが、死んだことは自覚できてるみたいだな」
自分が死んだと分かっていない魂は、川から上がったように濡れている。
たとえ自殺者であっても、自身が死ぬ瞬間をはっきりと確認できないためか、少し濡れている。
なので、最初からはっきりと乾いていた虹太は珍しい、というようなことを男は言った。
「魂だけになったら、何すればいいんですか?」
「目指すものは特にないぞ。腹も減らないし眠くもない。ただただ時間が過ぎるのさ。永遠にってわけじゃないけどな。ま、話せば長くなるから、ちょっと座ろう。椅子を想像しろ。何でもいい」
「椅子?」
少し下に目をやると、ぼんやりした椅子が見えてきた。よくみると、麗子の部屋にある椅子だと分かった。
「ずいぶんファンシーな椅子だな」
男は、重厚なデザインのロッキングチェアに座っていた。いつのまにかガウンを羽織っている。
「面白いだろ?現世の記憶をここで再現できるんだ」
「その椅子、もう一個想像してくださいよ」
「残念だが、自分の記憶のものは自分でしか使えない」
男は得意げに座って揺れてみせた。すると大きな音を立てて椅子が倒壊した。
盛大に転げ落ちた男は、頭を押さえながら椅子の残骸から這い出てきた。
「大丈夫ですか?」
「くそっ、実はな、この椅子は壊れてるんだ。気に入ってたんだがな」
壊れる前の記憶で、なんとか再現できていたらしい。
虹太はなんとなく麗子のことを思い出した。
「でも、いいですね。好きだったものといつでも会えるんですから」
「まあ、そうかもな。あの椅子がぶっ壊れて、俺は死んだんだ」
虹太は、男の名前より先に死因を知った。
もう視点がふわふわだ。