マスケラータ 偽りの仮面舞踏会
「はい。その様に」
私がそう云うのが分かっているというのに、感極まった様に頭を下げ、潤んだ瞳で見上げ感謝する民の一人。
「巫女様に了承を賜ったぞー!」
あちこちで歓喜が湧く。私は必死に無表情にならない様に広角を上げる。この茶番は私が死ぬまで、いや死んでも続くのだろう。そっと口の端から息を吐いた。
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この国は、王の政治の采配すら巫女である私の承諾を得る必要がある。ただ、政治の事も民の事も分からない私に、決定だけ伺うというのは何なのだろうか。勿論、私が質問をする事も、拒否する事も叶わない。つまり、ただの儀式。形式だけ。
疑義を正す者もいない。誰も疑わず、ただ月日が流れていく。
私の心は乾いて、ひび割れていく。
ある日、独房の様な外部との接触を立たれた塔の先端の私の部屋に、青い小鳥がやって来た。小鳥は口に小枝を咥えており、そこには小さな蕾が咲いていた。人に慣れているのか、私が近付いても逃げる事の無い小鳥は、そっと私に差し出すかの様にそれを置くと、一つ鳴いて飛んでいった。
蕾が咲くのが楽しみに私は少しだけ乾きが癒された。
また数日経って、あの小鳥がやって来て、今度は何かの実を持ってきてくれた。
あくる日は、布の端を。
そんな感じで、色々な物を持ってきてくれた小鳥だったけれど、数日姿が見えなかったと思うと、持ってきたのは何と『人間の手首』だった。
思わずヒッと悲鳴を上げて離れる私に、小鳥は無垢な瞳でそれを床に落とすと飛んでいった。窓はあまりにも高く、私には覗く事は出来ないけれど、街で国で何かが起こっている様だ。
儀式の前に王にそれを尋ねた所、王は無表情のまま答える。
「巫女よ。戦だよ。して我々は勝つのだろうね巫女よ」
私は、ただ勝つとしか答えを求められていないのを知っている。だけど、同時にきっとこの戦いは負けるのだろうと予感していた。それでも私の口からは一言が出るだけだった。
「はい、その様に……」
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戦は負けた。私は、民を先導する悪しき魔女として断罪される事になった。
王が代わり、民は当たり前の様にそちらに鞍替えし私を揶揄する。私が何を言っても無駄だった。
ついに明日が処刑の日。久方見なかった小鳥がやって来た。軽やかに、そして自由に。
「嗚呼、小鳥よ小鳥。青い小鳥よ。私もそなたの様に自由でありたかった……」
翌日公開処刑された巫女の死体の口から、青い綺麗な蝶が羽ばたいたという。それは、迷う事無く、高きを目指し自由に羽ばたいていったという。国は以後、巫女無しでつつがなく統治されたという。