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はれもの  作者: はじめ
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 アルトルが捕らえられた翌日、城の広間には領主と役人と村人が集められ、役人の宣告通りアルトルの罪状についての詮議が執り行われました。


「芋の収穫量は昨年の半分にまで落ち込んでいます」

「そればかりではない、麦の収穫量は昨年の三分の一、織物の生産量は昨年の半分、上げればきりがないほどに全てがガタ減りしているのです」

「なんという悪行だ」

「百度叩きにすれば思い知るのでは」

「いいやこれは実に由々しきことだ」

「村全体の生き死にに関わるぞ」

「牛飼いアルトルは危険だ」

「危険だ」

「死罪だ」

「死罪だ!」


 役人たちは手にした紙切れに顔を近づけて読み込んだり何事か書き込んだりしながらつばを飛ばして大変に議論をします。一人の役人が村人を向いて、ぞんざいな口調で「異議のある者は」と問いましたが、村人たちは身を縮こまらせてお互いの顔を見合うだけで発言する者はありませんでした。

 そこへ「待ってくれ」と手を挙げた者がありました。にわかにざわめく村人たちを押し退けて前へ出たのはエミールでした。


「あれはただの腫れものです。アルトルの意思とは関係なく生えてきたのです。アルトルはただ羽を見るために集まる見物人の相手をしていただけなのです。全ては羽の腫れもののせいで、アルトルには罪も危険もありやしません!」


 エミールが一息に訴えると、領主と役人とは何やら小声し合い、その役人のうちの一人がエミールの前に進み出て言いました。


「では牛飼いエミール、農夫も鍛冶屋も被服屋も織物屋も皆、その羽の腫れものとやらを見るために畑を放り、鋤鎌すきかまを放り、針を放り、を放ったと言うかな」

「そうです。それは羽が珍しくもあまりに白かったからです」


 エミールは役人を見据えて答えました。役人が「ふむ、確かにあれは珍しいほどに白い」と頷いて元の席に戻ると、別の役人が立ち上がって言いました。


「しかし村の者らを惑わせたことには変わりはない。何らかの責めは負わねばなるまい。たとえば、普通の人間が落ちては助からないほどの高さ、そう、ニ十人間身長以上の高さでしょうか。そこから飛ぶ。それで命を落とすか落とさないかは羽次第ということで、これを牛飼いアルトルの刑罰としてはどうか」

「アルトルの羽に飛ぶ力はない、それでは死罪と同じじゃないか!」


 エミールはテーブルに拳を振り下ろして叫びます。


「牛飼いエミール――」


 領主の低く嗄れた威厳のある声が響きました。役人も村人もいっぺんに押し黙って領主を見ました。

 領主は目を閉じたまま、眉間に深い皺を寄せて言いました。


「羽は飛ぶものだろう。おまえの言うように、牛飼いアルトル自身にではなく、羽に全ての責があると言うのならば、その羽に命運を委ねるのが最も相応しい罰であろう、そうは思わんか」


 役人は皆うんうんと頷いて手記をとります。役人は村人に「他に異議のあるものは」と問い掛けましたが、村人はまたもお互いの顔を見合わせて下を向くだけでした。

 エミールは尚も「待ってくれ」と身を乗り出しますが、手記を取り終えた役人はエミールに構わず領主に手記を見せます。領主が頷くと役人は立ち上がり、手記を読み上げました。


「村人の心を惑わし、領地を荒らした罪により、牛飼いアルトルはニ十人間身長以上ある場所から身一つで飛ばねばならない。咎人とがにんが定められた通りに刑罰を施行せしのち、咎人を領地内から追放するものとする。咎人が再び領地へ侵入せし時は、速やかに処刑するものとする。刑罰の執行は明日の正午とする」


 役人がよどみなく言い終えると領主は席を立ち、役人もそれに続いて一斉に席を立ち、整然と列を作って広間を出て行きました。村人の憐れみのこもった溜め息が石の広間に跳ね返って冷たく響きました。エミールは堅く冷たい石の床を見つめて立ち尽くしていました。



(いったいどうしてこんなことになったろう)


 つい今ほど、役人がアルトルの元を訪れ、抑揚のない早口で詮議の結果を告げて早足で戻って行ったばかりでした。

 アルトルは膝を抱えて、石の天井に開けられた小さな明かり取りの穴を見上げていました。


(牛たちはどうしているだろう。自分が世話を怠けたせいで痩せてしまったが、腹をすかせているだろうに。自分が行ってやらねば牛たちは病にもなろうし、やがては飢えて死ぬだろう。作物も弱ってしまったが、水とこえとを余計にやって毎日世話したなら元の張りを取り戻せるかもしれないのに。ああ、いつだったか、同じようなことを考えた。あれはこの羽の腫れものができて寝込んだときだ。もう遠い昔のようだ。あの時はこの不気味な腫れものが憎くてたまらなかったが、どうして忘れていただろう。今だってこの腫れものがなければ牛たちと畑と、いつもの一日を過ごしていたのに。この憎たらしい腫れもののせいで、明日になれば、自分はとても高いところから飛ばねばならない。到底、助かるものではない……)


 アルトルは背の羽を前に倒してすっぽりと顔をおおいました。腫れものではあるものの、確かに自分の血の通ったそれは、石の床に冷やされた身体を柔く包んで元の体温を伝えました。

 明かり取りの穴から射し込む橙色の陽に白い羽毛は金色に染まって、ちらちらと震えるように揺れていました。




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