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エミールとの晩餐の翌日、手早く朝の仕事を終えたアルトルはさっそく医者を訪ねていました。
もちろん羽は人目に触れぬよう麻布でしっかりくるんでいます。傍目には大きな荷物を背負っているようにしか見えません。それでも道すがら村人とすれ違うときにはそわそわと落ち着かない気持ちになりました。早く診療所に着いてしまいたいと気を揉みながら足を早め、やっとのことで診療所に着いたアルトルは、診療所に入るやいなや更に落ち着かない気持ちになりました。
診療所の壁には至るところに錆びた釘が打ち付けてあって、その一本一本に不気味な器具がぶら下がっていました。肉切り包丁のように刃の大きなナイフは黒ずんで鈍く光っており、何を挟むのか大きなペンチのようなものの先も同じように黒ずんでいました。中には槌や鋸などの大工道具のようなものもありましたが、そのどれもが皆黒ずんで不気味な染みを作っているのでした。
入口の手前側には火の入った竈がありました。部屋の奥隅に診察台のような台が一つ、その横の四つ足の古びたイスに灰色い顔をした老人が腰掛けておりました。
アルトルが「診察を」と言いかけたそのとき、診療所の戸が勢いよく開いて、木こりか狩人かというような無骨な風貌をした大男が飛び込んで来ました。
「失敗だ!」
男は部屋に入るなり怒鳴りました。部屋の壁がびりびり鳴りました。男は顔を真っ赤にして医者に詰め寄ります。
「やいヤブ医者! 貴様、失敗しただろう!」
「ちゃぁんと切ったさ。切ったものはみぃんな取ってあるよ、見るかい?」
医者は男の剣幕とは真反対のゆるりとした口調で答えます。
「いいや切ってない。失敗したんだ。それが証拠にこれを見ろ!」
尚更に声を荒げて怒鳴る男の腕には拳ほどの大きさの腫れものがありました。
医者は皺くちゃの唇から黒ずんだ歯を覗かせてニヤァと水っぽく笑うと、「しぶといやつだ、切るかい?」と言って男の腫れものに手を伸ばしました。
男はその手を乱暴に払って除けて、「誰が頼むものか! 酷い痛みにも耐えたというのに! 全く無駄骨だ! 変人のインチキジジイめ!」と激しく罵りました。
アルトルがそわそわしながら男と医者を交互に見ていると、男は突然ぶんと振り返り、真っ赤を通り越して赤黒くなった顔で今度はアルトルのほうに詰め寄りました。
「おい君、こいつは医者なんかじゃないぞ、人を切って痛めつけるのを楽しんでる変人だ! ここじゃ治るものも治らん、他を当たったほうがいい!」
男はアルトルの返事を待たずにもう一度医者をぎっと睨むと床をどしどし踏んで出て行ってしまいました。
男が出ていくと途端に部屋はしんと静まりました。乱暴に閉められた戸を呆然と眺めていたアルトルがはっとして視線を医者に戻すと、医者はニヤァと笑った顔のままアルトルをじっと見ていました。アルトルは毛穴がざわと寒くなるような心地がして「今日は日が悪いようなので――」と言って腰を浮かしましたが、医者は「待たせたかね、さぁ、こちらへ」と医者の前に置かれた三つ足の小さな丸イスを勧めました。「さぁ」と間を置かずもう一度丸イスを勧められて、アルトルは仕方なくぎこちない足取りで丸イスに腰掛けました。
「それで、どうしたね」
「……実は腫れものができてしまって」
「それは難儀だ。どれどこに」
アルトルは少し迷ってから徐に背中の縄と麻布をほどいて「これなんです」と医者に背を向けました。
麻布の下から現れた真っ白な羽を見て、医者は垂れた瞼をいっぱいに開きました。
「こりゃぁなんと、いったいどうしたというんだ」
「腫れものです」
アルトルは羽が生えるまでのことを初めから話しました。
医者は話しを聞き終えるとエミールがしたように羽をつついたり動かしたりして診察を始めました。
「これが腫れものとは。見たところやたら大きな羽にしか見えん。だいち骨のある腫れものがあるものかね」
「骨?」
「うむ触ればわかる。これには確かに骨のように固いしんがある。それも肩甲骨にしっかりくっ付いている、いや生えていると言うべきか」
「伝染りますか」
アルトルが恐々(こわごわ)訊いて医者に向き直ると医者は「特殊な腫れもの、特殊な腫れもの……」と口の中でぼそぼそ唱えながら医学本のようなものを捲っていました。
「普通の腫れものは伝染るものじゃぁないのだ。それに伝染るものなら他にも似た症状の者があるだろうに、こんなのは今の今まで他に知らないよ」
「治りますか」
「放っておいて治るものじゃぁない。治すのに一番良いのは――」
「一番良いのは?」
医学は医学本をぱたと閉じると濁った黒目をじろりとアルトルに向けて「切り取ることさ」と言いました。そう言った医者の目は濁っているのにぎらりと光って見えました。
アルトルは思わず壁の不気味な道具に目を遣ってごくりと唾を飲み込みました。
「切るとなると、どのように……?」
アルトルが訊くと医者は壁の道具を一つずつ指して説明を始めました。
「まずあのナイフで皮膚と筋を切る、そしてあのノコで太い骨を切る、細い骨はあの槌で叩いて切り落とす、枝みたいにぼっきりとね」
アルトルは顔を青くしました。身体中の血がすーっと下がるようになって目暈まで感じました。それを知ってか医者は妙に明るい声を出して「なに大丈夫、すこぶる強い酒があるから、それを飲めばそう痛みも感じない」と言ってまたニヤァと笑いました。
ぶるぶる首を横に振るアルトルを無視して医者は「切るなら早いほうがいいのだ、確かそこに酒が……」と口の中でぶつぶつ唱えながら奥の部屋に向かいました。
医者が奥の部屋に消えるとアルトルは急いで代金を診療台に置き、麻布と縄を引っ掴んで診療所を飛び出しました。




