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はれもの  作者: はじめ
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 アルトルは羽を背負ったままいつもと同じに過ごそうとしましたが、どうにも同じにならないことがいくつかありました。

 眠るときなどは仰向けで寝ようとすると羽が身体の下敷きになってしまい、寝心地が悪い上にしばらくそうしていると羽は痺れて背を不快な感触にするのでした。アルトルは(動かないくせに感覚だけは一丁前だなんて図々しい!)と怒りながら仕方なくうつぶせに眠りました。


 しかし何よりも一番頭を悩ませたのは、誰かに羽を見られてしまう、ということでした。

 アルトルの家の前には小さな畑と広大な牧草地があって、なだらかに波打つ丘陵きゅりょうの向こうには野道が一本通っていました。大きな道ではないものの、それでも日に幾人かの人通りはありましたから、誰にも見られずに日々を過ごすのは容易なことではありませんでした。


(羽の生えた人間など聞いたことがない。いいや、羽の形はしているが、これは腫れものだ。何か良くない病かもしれないし、村の皆は自分のこの姿を見て不気味に思うだろう)


 アルトルは恐れていました。以前ならば一人で考え込まねばならないことなど一つもなかったからです。村の牛飼いは皆同じように牛たちや作物のことだけを考えていましたし、皆同じように日照りや大雨、大風の心配をして、あの柵の組み方が良いとか、あの草を置いておけば獣が寄りつかないとか、役に立つことをそれぞれ持ち寄って、なんとか無事に生活を送られるようにと、そのためだけに日々を暮らしていたのです。それがこの羽一つで何もかも変わってしまうかもしれないと思うと、アルトルは胸の奥が冷えていくような、何とも落ち着かない気持ちになるのでした。


 そんな折、家の戸を叩く者がありました。アルトルはどきりとして思わず身を低くしました。


「アルトルいるかい、良いご馳走ちそうが手に入ったぜ、一緒にどうかい」


 声を掛けてきたのは隣家のエミールでした。森をひとつ挟んだ向こうの一番近い隣家がエミールの家でした。エミールとは歳の頃も同じだったので、何かというとお互いを訪ねあって懇意こんいにしていました。

 エミールはもう一度、「アルトルいるかい」と言って戸を叩きました。

 アルトルはものすごい速さでどうするべきか考えを巡らせました。あまりに速く考え過ぎたために自分でも何を考えたのかわからないほどでしたが、そうして考えた挙げ句に思いきって「やあ、ちょっと待ってくれ」と返事をしてから、そばにあった荷造り用の麻布で羽をすっぽりと覆い、その上から自分ごと縄でぐるぐるに縛り上げ、ちょうど大きな荷物を背負ったように装いました。

 それから急いで戸に駆け寄り片目が覗く程度にそっと戸を開けると、エミールは戸の隙間で「ほら、なかなかだろう」と言って得意そうに眉を上げました。

 見ればエミールの手には丸々と太った野兎が二つありました。

 アルトルは思いがけないご馳走につい喜びましたが、背のことを思い出してすぐに気を縮めました。大きく鳴り出す心臓をなるべく気に留めないようにしながら「やあ、本当に良い野兎だ、入れよ」と言ってエミールを招き入れました。

 エミールは「そうだろう、そうだろう」と満足そうに言っていそいそと部屋に入り、野兎をテーブルに置くと「煮るがいいかな、それとも焼こうか」と振り返りました。


「何だいその荷物は、出掛けだったかい」 


 エミールはアルトルの背の荷物を見て訊ねました。


 「そうなんだ、でもたいした用事でないから今日は取り止めにするよ、それよりご馳走だ!」


 慌てたアルトルは少し大袈裟に声を張って言いました。するとエミールは気を良くしたのか「そうこなくては」と意気込んでかまどに寄り、さっそく野兎の調理にかかりました。


 エミールは手早く野兎をさばいてゆきます。

 アルトルはその間に竈に薪をくべ、鍋に湯を沸かし、芋を剥いてゆきます。

 エミールは野兎の丸々とした様子にうーんと感嘆の声を上げながら「その荷物、いつまで背負せおってるんだよ」と鬱陶うっとおしそうにしかめっ面をしました。

 アルトルは「いやいや一度解いてまた荷造りするのは面倒だから、このままで良いのさ」と理由をつけます。

 エミールは片眉を上げて「ああ、そう」とそっけなく言って捌いた野兎を鍋に入れました。


 二人は鍋が煮えるまでテーブルに皿とパンとチーズとを用意するべく、てきぱきと動き回りますが、アルトルの家は端から端まで五歩もあれば行き着いてしまうような小さな造りでしたから、アルトルの背の大きな荷物は戸棚やらテーブルやらエミールの頭やらにいちいち引っ掛かって二人の動くのを酷く邪魔しました。


「おい、降ろしたらいいじゃないか」


 エミールが困ったように言います。アルトルも、降ろせるものなら降ろしたい、と思っていましたが、そうもいきませんでしたから、「いや、すまない、いいんだ」とにごして鍋に背を向けました。ところがそのとき、アルトルの背の荷物が鍋のふちに当たり、鍋ががたりと揺れました。

 「あっ」とアルトルが言ったと同時にエミールが素早く取っ手を掴んだので大事な晩餐が床にぶちまけられることはありませんでしたが、エミールは堪えかねたように「だからそいつを降ろせと言うんだ」とアルトルの荷に手をかけました。

 アルトルは見られてはかなわないと必死に荷を押さえます。エミールも意地になって荷を剥ぎ取ろうとするので二人はもみくちゃになり、テーブルやらイスやらを吹っ飛ばしながら狭い部屋の中を転げ回りました。

 アルトルと取っ組み合ったエミールがアルトルの肩口から縄に手を掛け、力任せに引っ張り上げました。すると散々暴れて緩んでいた結び目は、ついにほろりと解けてしまいました。

 エミールは麻布の下に、白い毛に覆われたような物がちらりと覗くのを見て思わず「そいつはいったい何だい」と声を上げました。

 アルトルはぐっと口を引き結びました。答えたくとも何と答えればいいのか、すぐには思い付かなかったのです。

 答えないアルトルに苛立ったエミールの力はいっそう強くなり、麻布をぐいぐい引っ張ります。アルトルも対抗しようと麻布を力いっぱい握ります。お互いに一歩も譲らず麻布を引っ張る腕に全力を込めました。力は互角で布引き合戦は拮抗きっこうしましたがそれほど長くは続きませんでした。

 唐突にエミールが「あ!」と叫んで驚いたような顔をしたのです。

 アルトルは羽が見えてしまったのかと慌てて、つい自分の背に目を遣ってしまいました。

 その一瞬の力の緩みを逃すまいとエミールは渾身の力でもって一気に布を引き上げましたので、アルトルは布を引き留める間もなく一瞬で全てを剥ぎ取られてしまいました。

 エミールはその勢いのまま後ろへごろごろ転げてゆき、壁に背を打ち付けて止まりました。アルトルも壁に背に打ち付けて尻餅を付きました。

 いたた、と腰をさすりながら顔を上げたエミールは目を真ん丸に見開きました。


「そいつは何だ?」

「腫れものさ」


 アルトルは投げ遣りに答えて、へへと気の抜けた笑いをしました。



 エミールがひっくり返ったテーブルを起こし、アルトルが吹っ飛んだイスを立て直していると、火にかけていた鍋のふたがカタカタと鳴り出しました。

 アルトルは片付けをエミールに任せて竈に寄り、火から鍋を降ろしてから、さっと蓋を取り上げました。

 白い湯気がぱっと散って香辛料の良い香りが鼻いっぱいにを広がりました。ぐつぐつと煮え立った煮汁が泡を作って鍋の縁で現れたり消えたりしていました。

 アルトルの腹がぐうと鳴りました。それに返事するかのようにエミールの腹もぐぐうと鳴りました。

 エミールが転げたパンとチーズと皿をテーブルにぞんざいに並べると、アルトルは慎重に持ち上げた鍋をテーブルの真ん中へと移しました。

 アルトルがさじを取ってよく煮えた芋とふっくらした肉を皿いっぱいに盛りつけると、湯気がふわりとただよって二人の鼻をくすぐりました。二人はもう待てないという様子でさっそくの晩餐を始めました。



あっという間に空になった鍋をそのままに、二人は久しぶりのご馳走の余韻にまどろんでいました。


「一昨日のことなんだが……」


 おもむろに口を開いたアルトルは背がむずがゆくなってからのことをエミールに話しました。

 エミールはそれでそれでとアルトルの話に相づちしながら、時折感心したように、ほお、とか、へぇ、と言って、その度にアルトルの背の羽を覗き見ました。


「これが腫れものとは……」


 アルトルの後ろに回ったエミールは、まるで熱いものでも触るように慎重に羽をつついたり摘まんだりしていましたが、次第に遠慮のない手つきになって、終いにはまるで新しい農具の蝶番の具合でも見るように羽を引いたり戻したり伸ばしたり縮めたりして好き勝手にもてあそぶのでした。


「いやぁこうして目の前で見ていても何だか信じられない」


 そう言ってエミールは羽の根元を掴んでぐいと引っ張りました。アルトルは「いたいいたい」とテーブルを叩きました。


「これは本当に背にくっついてるぞ。いや、生えてると言うべきか」

「だからそう言ってるじゃないか」


 しつこく羽をつついているエミールを放っておいて、アルトルはひとり考えていたことをぽつりと口にしました。


「村の皆がこれを見たら、どう思うかね?」


 エミールは「そりゃあ驚くだろう」と鼻をいて言います。


「それが何かはわからないが、でも見てみろよ、白も白、雲も驚くような真っ白だ、一点のみだってない。こんなのは見たことがないよ、見事なもんだ、きっと皆見に来るぞ、そしたら君は有名人さ、そしたら」

「そんないいものじゃないよ」


 エミールの興奮したような早口をアルトルがさえぎりました。


「これは、こんな羽の形はしているが腫れものだぞ。本当のところは何物だかわかりやしない。もしも変な病だとしたら、伝染うつるかもわからないんだぞ」

「うわ、伝染るのはイヤだな。ではまず医者か」

「そう医者だ。村外れの医者のとこに行ってくるよ」

「あすこはヤブ医者」

「でもそこしか知らない」


 エミールは「まあそうだ」と肩をすくめてふんと鼻だけで笑うと、「見たところ君はいたって健康そうだし、その背のものも悪いようなものには見えないし、そう気落ちしなさんな」と言ってテーブルをトンと叩きました。

 エミールの軽口につられてアルトルもふんと鼻だけで笑って返しました。

 それでもアルトルは自分の背に生えたものを好意的には見ることはできないでいました。どんなにエミールが見事だと褒めても、アルトルにはただただ得体の知れない恐ろしい腫れものとしか思えなかったのです。


 それから二人は牛にやる雑穀の配合についての談議をかわして、「じゃあまたそのうち」と腰を上げたエミールに、「今度は自分が野兎を持って訪ねるよ、丸々太ったやつさ」と約束して、アルトルはエミールを送り出しました。




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