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短編集

杜鵑草

作者: 江馬 百合子
掲載日:2015/11/05

 山の木々は見事に紅葉し、秋の花はひっそりと咲き誇っている。山中が鮮やかに彩られていて、その美しい風景に思わず息をのんでしまった。


 楓は、この景色を少しでも彼に見せることが出来れば…と思い立ち、そして今現在、軽やかに山の中を歩き回り、秋の花を摘んでいるのだ。



 艶やかな髪をはためかせ、着物の裾が汚れようと、それでも夢中で、色めく草花を摘み続けた。



――青く色づく竜胆は、あのお方を思い出させる。


 病が進行するほどに冷たくなっていく、哀しい人。


この頃は、話をするどころか、近寄ることすら許してもらえない。



『…少し、感傷的になってしまいました…』



 楓は一人笑いをこぼすと、また作業に没頭し始める。


 一本、また一本、次々と手の内の花が増えていく度に、なんだか切ない気持ちになってしまう。



『秋の花々というのは…どうしてこうも、美しくも寂しげなのでしょうか…』



 ついつい、そんなことを考えてしまう程に。


 そのとき、ふと楓の目に入ったのは…



『杜鵑草…確か…あの花は…』



 楓は嬉しそうに微笑むと、優しくその花を手折った。



…病に苦しむ彼が、少しでも笑ってくれますように。



――――……



「ただいま戻りました!」


 城に戻った楓は、元気よく挨拶をした。


 今日は無断で山に入ってしまったため、突然の帰りに城中が騒然とする。



「楓様!御無事で!」


「毎度のことながら困ります!」


「何処に行ってらしたのですか!?」


「きちんと供の者を御付けになってください!」


 いつも、悪かったと反省するのだが、耳にたこができる程聞かされている台詞なので、どうしても聞き流してしまう。


 しかし、その次の一言に、楓は目を丸くする。



「殿も、心配なさってましたよ!」


「え…!?」


 あの方が…私なんぞの心配を…?



……ありえない。



 楓は自己完結した。



『確かに…私とあの方は恋仲ですけれど…きっと、何かの間違いでしょう…』



 かつては親しげに接してくれていた想い人を思い出し、楓は切なさで胸がいっぱいになる。

 彼にはもう、愛想を尽かされているのかもしれない。


 楓は、先程摘んできた花々に視線を落とす。


 けして目立つことはない、この花だけれど…確かに、この花に勇気をもらったから。


 彼にどう思われようと自分の気持ちは変わらない。



『杜鵑草…喜んでくださるでしょうか…』


 淡い期待に胸を膨らませながら、楓は城主の自室へと歩みを進めるのであった。



――――……



 部屋の中へ、声をかけるようなことはしない。

 何故なら、断られてしまうから。


 楓は、暫くの間訪れることのなかったその部屋の襖を、豪快に開け放った。


 起きているかと思いきや、目的の人物は穏やかに寝息をたてていた。


 しかし、よくよく観察してみれば、額にはうっすらと汗をかいているし、僅かだが呼吸音も聞こえる。

 何より、咳がひどい。

 たまに咳込む程度だが、寝ながら咳込むだなんて、楓には考えられないことだった。


『これは…起こしては駄目…ですよね…』


 そっと立ち上がろうとした、そのとき…


「何者だ」


 楓の首元に、刃の切っ先が突き付けられていた。


「さ、さすがです…正時(まさとき)様」


 その声を聞くと、正時はあからさまに眉をひそめた。


「君か…何故君が私の自室にいるのだ」


 刀を収めながら、平淡な声で、そう問われる。

 楓はそれにも全く動じず、笑顔で答えた。


「秋の花が綺麗に色づいていましたので、お届けに参りました」


「…頼んだ覚えは…ゴホッ…」


「正時様!?」


 彼の、異様な程に白い手には、


「………!」


紅葉のような深い…朱。


「横になってください!今、人を…」


 取り乱す楓の手首を正時は強引に掴んだ。


「…騒がないでくれないか」


「しかし…!」


「いつものことだ」


「え……?」


 いつも…?


「いつも…こんなに苦しまれていたのですか…?」


 正時は冷たく笑いながら、さらりと答える。


「もう慣れた。自分の命が、そう長くはないことも知っている。だが、未練や悔いはない。私は天下のために、最期まで働けたのだ」


「そう…ですか…」


「君も、もうここへは来ないほうが良い。

このようなことは時間の浪費に他ならぬ」


「………嫌です」


 消え入りそうな声だったが、それでも、その目は冗談を言っているような目ではなかった。


「…同情か?…そんなものは私には必要ない」


「違います」


 今度は、はっきりと、良く通る声で言った。


「正時様に未練がなくとも、私には…あります」


 正時は、不思議でならないといった顔をする。


「どうして君に未練があるのだ?理に適わないにも程がある」


 楓は、そんな正時に構わず話を続ける。


「私たちが晴れて恋仲となって…もう、どれくらいたったでしょうか…」


「……!君はまだそんなことを…私はもうじき…」


「…関係ありません」



 あまりに強い語気に、正時は圧倒された。



「大切な貴方様は、今、生きておられます。

誰がいつ死ぬかなど、誰にもわからぬことなのですから」



 堪えきれずに正時は笑い出した。



「確かに正論だ。…君には敵わないな」



「そして…私の未練というのは…」



「少し、待ってくれ」



 これから、というときに待ったをかけられ、楓は少々不満げだ。


 正時は、そんな楓の腕を引くと、そっと、その唇を塞いだ。


 唇を離してもなお、楓には何が起こったのか、未だに理解出来ていない。



 一人慌てる楓に、とどめの一言。



「私の妻になってはくれないか…?」



 楓の顔が、みるみる朱くなる。


 幸せ過ぎて、言葉が出てこない。



「残された時間は…君と過ごしていきたいと思っていたのだ。今まで踏ん切りのつかなかった自分が、情けない。このような身の上だが…嫁いでくれるか?」



 楓は持ってきた花束のことも、相手が病人であることも忘れて、その胸に飛びついた。


 おかげで部屋中に花々が散乱したが、正時は楓をしっかりと抱き留めた。



「まったく…君は騒々しいな…」


「正時様!ありがとうございます…!

私…本当に幸せです…!」


「…それは、こちらの台詞だ」


「…え?」


「…私が死んだら、君はどうするつもりだ?」


「御心配には及びません!

 私、これでもなかなか強いんですから!

 だから…安心して待っていてください」


「…黄泉の世界でも夫婦か」


「……お嫌ですか…?」


「いや、さすが私の妻だと思ってな」



 楓の顔が更に朱くなっていく。


 楓は、照れを隠すかのように杜鵑草を掴むと、正時へ差し出した。



「正時様、杜鵑草の花言葉をご存知ですか?」


「……?」



 楓は呆然としている正時の耳元に顔を寄せて、囁いた。



「『永遠に貴方のもの』」



 大切にしてくださいね。と柔らかく微笑む楓を、正時は先程よりも強く抱きしめた。



「やはり…君には敵わない」



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