1話 出会い
「御倉さん。貴女部活に入りなさい。」
突然初めて会った人に、こんな失礼な事を言われたのは初めてだった。
昼下がり、いつもの教室。
皆が机を移動して囲み、埃舞う教室の中で平気に弁当を食べている呑気な輩を横目に、1人窓辺に座って本を読んでいた時の事。
そこから他の喧騒に紛れ、彼女が私の横に立っていた事に気付いた途端、地獄のフブキよろしく急にそんな事を言い出したもんだから、私は思わず「は」と慇懃に声を上げ、露骨に眉を顰めてしまった。
堂々と指を差している彼女の顔は、地味だからこそよりこの華やかな教室に浮いている容姿だった。
両側から垂らしている黒髪、その間に糸の様に細長い黒目が2つに更にその間を通る一筋に縁どられた小さな鉤鼻、グロスによって辛うじて桃色の色味がおびている薄い唇、そして指と共に白い肌。
それはいわゆる男のものであったなら「格好良い容姿」と言えたのかもしれないが、私の目の前に迫る紺のベストごしから伺える胸の膨らみと、そして今時ひざ下までのばしている紺のスカートから見える肉付きのよい黒ソックスの形から、それは紛れもなく私と同じ「女子」のもので有る事を知る。
「・・・・いきなり何なのよ。」
と当然ながら、憮然として肩をすくめて答える私に、彼女は口だけを開いて続けた。
「前々から噂には聞いていたのよ、2年F組の御倉みどりさん。歯に衣着せぬ豪快な物言いで嫌われて、クラスから爪弾きにされてるぼっちちゃんだってね。」
「あら光栄。そこまで説明出来る程私の事を知ってる人がいたなんて思わなかったわ。」
といつも通りの返しで鼻を鳴らし、再び本に目線を下ろそうとするも、彼女はそれに満足したのか薄い唇をにやりとあげた。
あ、笑うんだと思って見返ると、彼女は今度はその手を自身の胸に置いて言った。
「いい反応ね、そういう人を求めていたの。私はA組の紅愛夏。私が部長を勤める部活に是非入って欲しいと思って、貴女を誘おうと来たのよ。」
どうやらさっきの言葉は部活の勧誘だったらしい。一体この私に何をどうして加えようと思ったのだろうか。――と、これ以上の独り言はどこぞのラベルの主人公みたいで腹が立つので、私はただ黙って聞いている事にした。
「それで、その部活は今美術(準備)室で毎週活動中なんだけど、今日の放課後遊びにくる?」
「今わざと()を抜いただろ!なんだその部活は!超みみっちそ!!!」
「黙りなさい。ただ色々な事について語り合う部活だからスペースなんていらないのよ。」
「・・・・名前は?」
「説書現代社会学研究部よ。・・・・略して「ぜいげんぶ」」
「贅言部!?ただ無駄な事をベラベラ喋る部活ってだけじゃねーか!!!」
「今みたいにね。」
「うるせえっ!!」
なんて略語なんだと呆れ、私はいよいよ目線を遠くに聳える日和田山に向けたまま、彼女の申し出を断ろうとした。が、しかし突然その態度に状況を悟ったか否か、彼女は私の上に置いてあったガラケーを睨みつけて呟く。
「あら、断るつもり?なら私にだって手があるわよ。」
と言い出した事に、私が指差す先に少し目を向けてみると「まさか」と、一瞬目を見開かせた。
それはストラップとして取り付けられている白い「函」のようなものだ。
「いや、まさか、彼女がこんな事を。」
と思えどもその黒い目は見透かすようにゆらりと揺らぐ。私は思わずその函を抑えて叫んだ。
「ち、違うよ!これ魍魎の函じゃないよ!?」
「それだったらまだ良かった方ね。それって、あれでしょ。有害図書扱いにもなってる多重人格探偵サイコの特典フィギュアでしょ?ホラ、中身はあれ。裸の千鶴子ちゃんが四肢切断されてるヤツ。」
「ぎいや――――――――――――――――っ!!!!」
あまりにもあっさりと言うものだから、それを隠すよう私は机に伏して叫んでいた。
そのまま箱のままに入れておけばバレないかと、というより、元ネタを知る者がこの学校に居るわけがないとタカをくくっていた私の油断は見事につき崩され、それに私は嘆き、首を振り乱しながら叫ぶ。
「だからいっただろ―――――!!なんでバーコード付きの目玉にしてくれなかったの!?なんでそっちにしてくれなかったの!?誰だって普通サイコのフィギュアって考えればそっちの方考えるよね?それだったら何とか、サブカル女子だって誤魔化せたのに!!なんであえてこっちにしちゃったのよ―もーっ!!」
突然荒々しくと机を叩く奇行に彼、女は相変わらず淡々と見下ろしながらそれに答える。
「さあーて、そんな悪趣味なものを家に置く我慢も出来ず、この風俗の厳しい私立学校に持っていった貴女を先生にチクったらどうなる事かしらねえ・・・?ほら、だからバラされたくないのなら大人しく今日の放課後美術(準備)室に来る事ね。」
と満足気に言い放った彼女は、やがて私に背を向け教室の扉へ歩いていった。その背中を恨めがましく私は睨んで歯を食いしばる。しかし、彼女がその扉に手をつける前に、むと思い当たった事に「待って」と呼び止め私は口を開いた。
「・・・・でも紅さん。貴女もそれ知っている事時点で同罪じゃない?」
その時、冷静を保っていた彼女の顔は振り向き際突如として青ざめ、ムンクのような口を開いて何とも表現しがたい甲高い声をあげた。
〈第1話完〉
※ギャグ注
この話は何かとマニアックな元ネタを多く扱ってますので、これからは後書きにその元ネタの説明を書いていきたいと思います。―これ自体も某作品のパロディだと知ってはいけない。
注1 三酔人経倫問答
・・・タイトルの元ネタ。明治時代の思想家中江兆民が書いた思想・政治論評本。
洋学紳士(紳士君)、豪傑君、南海先生と、名は体を表す通り、それぞれ異なる思想を持った3人が酒席で議論するというシチュエーションで展開される。
ここでも3人がそれぞれ有る事無い事言い合う話が展開されるのだが・・・ん、3人・・・?
注2 魍魎の匣
・・・1995年に発表された京極夏彦の伝奇小説。昭和初期の日本を舞台に、様々な人の業と情念が入り乱れた怪奇的事件を、(大体)一人の憑き物落としが解決していくという話。妙齢の男4人がぞろぞろと出てくる設定や、アニメ化の際のキャラクターデザイン原案がCLAMPという事もあってか、そっち方面でも人気が高かった。
注3 多重人格探偵サイコ
・・・1997年に連載されている原作大塚英志、作画田島昭宇によるサイコスリラー漫画。グロテクスな描写が見もので茨城県、香川県、岩手県等幾つかの県では有害図書扱いされている程。
千鶴子ちゃんとは主人公の恋人である。裸のまま四肢切断されて羊水付の箱に詰め込まれる、1話で。なぜこれがフィギュア化したのか、快楽殺人の洗脳を仕組まれた証である左目のバーコードに何故しなかったのか。それは永遠の謎である(製作者は知ってる)ちなみに、魍魎の箱の方も、上半身裸の美少女が箱に詰まれているものがフィギュア化されていた。ほう。