八話、ロシアの友人
横須賀港から救急車がサイレンを鳴らして去っていく。原田が肩をさすりながら見送っていた。
調査団員の内、5名が死亡。残りは重傷となり病院へと送られた。青葉乗員側も、遠山少佐と大木少尉、士官1名が重体。青葉はしばらく停泊し、事件の調査を受けることとなった。
(事件被害)
調査団側
・タージ・ヴェルナーを含む5名が死亡。窒息死4名(タージ・ヴェルナー含む)、銃殺1名。
・重傷5名。
青葉側
・遠山少佐、大木少尉、他士官1名(平沼中尉)が重体。それぞれ、全治1年、1年、2年。
・大滝大佐、原田海曹長が軽傷。ぞれぞれ全治3ヶ月、1ヶ月(軍務執行は可能。)
青葉での銃撃戦「青葉事件」は、調査団と偽ったテロ集団が艦内調査と大滝艦長殺害を目的に潜入した際、武力行使したことに端を発した。
結局、和田副長の疑惑や大滝艦長の機転によりその両方を阻止されて、失敗に終わってしまった。
だが、これは各国軍に衝撃を走らせた。
〝もうテロ集団は、世界政府の職員と偽って軍隊の中に侵入する〟
のだと…
青葉事件から一週間後…
「あれから一週間か…。」
武は、ハープーンのキャニスターランチャーのすぐ下あたりで、海を眺めていた。
「そうだね~…。」
隣には何時もは御馬鹿キャラ全快だが、今日はションボリとしている千早が居る。
「悩んでも仕方ないさ。何せ、砲雷長が息を荒くした位だからな…。」
「そうだけど…う~ん。」
「あ、先任伍長!」
武は横に原田海曹長が居たことに気付いて、敬礼をする。千早も武に続いて敬礼をする。
「うむ。真田一曹、貴様にお客だ。合言葉は〝狙撃銃と言えば?〟だそうだ。」
まだ肩に包帯を巻いていて、痛々しい原田海曹長が苦笑する。
「了解しました。今すぐ行きます。」
「ああ、下士官休憩所に居るからな。」
「はい。」
武は下士官休憩室へと足を運ぶ。
下士官休憩所
休憩所には、一人の下士官が座っていた。しかも、陸軍と思われる戦闘迷彩服を着ている。
「…。」
武は、その下士官に歩み寄る。だが、その下士官は顔を下に向けたままだ。
「あなたは〝SVDかVSS〟どっちがいいですか?」
「勿論、SVDだ。VSSも良いが…。」
「私は〝九九式狙撃銃〟が良い。」
すると、その下士官は顔を武の方へと向ける。
「久し振りだな。エレナさん。」
「こちらこそ、タケル。元気そうね?」
「ああ、幼馴染が付き纏っていて大変だがな。」
武は苦笑いをして、エレナと言う下士官も苦笑いする。
「ロシア一のスナイパー、〝北の魔女〟がこの青葉に来たと言うことは…」
「ええ、艦内戦闘の指導に来た。上が三国協議で決定したことよ。」
「まあ、エレナを知っているのは現時点で俺ぐらいだろう。陸と海じゃあ知り合いは、少ないからね。」
「ええ。でも実は、あなたが私と結構接触したから私に白羽の矢が立った感じなのよ?」
エレナは武にウィンクをする。
「それどっからの情報だよ。…え?マジ?」
武はエレナの二度見した。
その後、真田と千早が原田海曹長に呼び出された。場所は下士官休憩所。であるため、実質千早だけが休憩所に行くこととなった。
「失礼しま~す」
千早は、相変わらずの気の抜けた声で休憩所に入って来る。
「千早、お前に紹介したい人が居る。」
「初めまして、エレナ一等軍曹よ。艦内戦闘の指導役として、青葉に乗り込むことになったわ、よろしく。」
「あ、はい。西園寺 千早です。よろしくお願いします。(でも、何故ロシア陸軍から艦内戦闘の指導役が?)」
千早の疑問は最もである。何故ロシア陸軍一等軍曹であるエレナが日本海軍の巡洋艦青葉に来ているのか?
理由は、各国の各軍の特徴にあった。
日本海軍の実力は世界トップクラスで、それは事実である。だが、陸軍や空軍も世界トップクラスかと言えば、この世界はそうではない。
空軍はF-15やSu-35をライセンス生産した機体を使用している。国産機もあるのだが、哨戒機や偵察機程度である。
だが、空軍はまだマシな方で日本陸軍は目も当てられない程の状態である。まあ、兵士の技量は世界水準の上位には居るが、兵器がめっきりと言ってダメである。戦車を例に取ると、ロシアのT-72を独自改良を加えたものを使用している。小銃に至っては、AK-74をライセンス生産して、小改良をしてホソボソとやっているのが現状だ。装輪車両に関しては、国内の自動車企業が何とかしてくれたお陰で、今のところは問題は出ていない。
「あ、それと部屋なんだが…先任伍長から言われたことなんだが…。」
武が部屋のことになった途端、渋り始めた。
「何?」
「チハヤ、私と相部屋だそうだ。」
「……ああ、そういうこと。まあ、一人ぐらいは余裕ある……ええ!?」
千早はこのことには理解に遅い。
「よろしく。チハヤ。」
こうして、新たに青葉の乗員が増えた。
翌朝…
今日は休日である為、当直以外の多くの者は艦を空けていた。
「う~ん…よく寝た。」
エレナはまだ眠たいようだが、何故か体が勝手に起き上がる。
数分後、武の居る下士官ベット
「今日は異常ねぇな。」
「タケル~。」
「ん?エレナか。どうし…」
カーテンを引いた直後、武は硬直した。
「?どうしたの?タケル。」
「…エレナさん。ちゃんと服着ましょうか。」
現在のエレナの状態は、ワイシャツを着ていて靴も履いているだけみたいな感じになっている。
「え~今日は休日じゃない。」
「あれとこれとは訳が違う。」
「ちゃんと下着も着てるわよ。」
そう言って、エレナはワイシャツの下の部分を摘まもうとする。
「いや、何摘まもうとしているんだ?」
「ちゃんと穿いているか、証明す…」
「いや、しなくていいから。」
武は流石にヤバイとエレナの行動を制止した。
「あ、そっか。上か。」
今度はワイシャツの上のボタンを外しに掛かるエレナ。
「いやいや、それもやらなくていいから。」
武も空かさず、エレナの行動を制止した。
「…どうしてタケルは止めようとするの?」
「…(それ聞くか?)」
「…えい。」
「あべしっ!」
エレナは武の額に猫パンチを食らわす。
「おきた?」
「…そりゃこっちの台詞だ。」
「うん。私、恥じらいないね。」
「そうか。俺の上着貸すから、ちゃんと着て来い。」
武はそう言って上着をエレナに渡す。
「うん。………タケルの匂いがする。」
エレナは武の上着を着て自分のベットへと戻って言った。
「はぁ~…。さて、作業の続きをやるか。」
武はエレナを見届けた後、ノートPCのキーボードを再びカタカタと叩き始める。
再び、武の居る下士官ベット。
「で、エレナは何しに?」
武はノートPCのキーボードをカタカタと叩きつつ、戦闘迷彩服に着替えて来たエレナに声をかける。
「何もやることないから、武のところへ来た。」
「そうか。千早は?」
「寝てる。あと寝ぼけて私の胸揉んだ。」
武はエレナの発言に一瞬身体が硬直した。
「……………そうか。」
その後、武の〝作業〟が済んだ。
「エレナ、ちょっと稽古の相手をしてくれないかな?」
「うん。良いよ。」
武とエレナは部屋を出て甲板へと足を運ぶ。
巡洋艦青葉後部甲板
「では、御願いします。」
「うん。まずは…」
武はエレナの教えを受けて、室内戦闘での格闘技や剣術等をこなしていく。
「ん?真田!」
後部艦橋から木刀を持った橋本がやって来た。
「砲雷長。」
武はすぐさま敬礼をする。エレナも武に続いて敬礼をする。
「彼女が艦内戦闘の指導役のエレナ一等軍曹か?」
「はい。」
「初めまして、エレナです。」
エレナは、そう言って橋本の前に出る。
「砲雷長の橋本だ。よろしく。」
橋本はエレナの目を見て、視線を武に移す。
「真田。手合わせを頼む。」
「マジですか…。」
武は冷や汗をかいて、橋本の手合わせの相手をすることになった。
「では…始め!!」
エレナの掛け声で、位置に立っていた武と橋本が動き出す。結果は…
「…無理。剣道五段に勝てる訳ねぇ…。」
…橋本の勝利だった。
「だが、前回より私は苦戦したぞ?上達しているではないか。今の私では、余裕がなかった。」
「私から見れば、余裕さがチラホラ見えましたが…。」
「まあ、まだまだ未熟さはあるな。」
橋本は苦笑いをした。
「ほぉ~、砲雷長は連勝ですな。」
そこへ、まだ怪我が癒えていない艦長の大滝がやってきた。
「敬礼!」
橋本が最初に気付いて敬礼をし、武とエレナも橋本に続いて敬礼をする。
「うむ。私が通常通りの指揮が出来ない時でも、しっかりと鍛錬をしているのは歓心歓心。」
大滝はニッコリと笑って、エレナに視線を移す。
「この度は、本艦青葉まで来て頂きありがとう。今後も艦内戦闘の指導をよろしく。」
「いえ、それが命令ですから。」
「少し聞くが、年は幾つかね?」
「16です。」
「(そろそろ孫もその位か)…そうか。ありがとう。では、引き続き鍛錬に励むように。」
大滝は、敬礼をして後部艦橋へと入って行った。
22:00・下士官休憩所
「はあ~…今日は疲れたな。エレナからレクチャーを受けて、ちょっとだけやるつもりだったんだけど…。」
「今日は充実したよ。」
「そうか。で、そのケースは一体なんだ?」
武は、エレナの横に置いてあるケースに目が行く。
「あ、これ武に渡そうと…。」
エレナは、ケースを軽々と持ち上げて武に渡す。
「…一応聞くが、中身は?」
「SVDとVSS、あとはイタリアからベレッタM92FS。」
「…警務科に怒られるには十分だな。」
後日、和田副長に咎められた。だが、それは別の話。




